13

 

 翌日、教室にどよめきが起きた。


 いつもポニーテールの大塚さんが、はじめて二つ結びをしてきた。

 女子は、これは何かあったなと騒ぎ、男子は、可愛いと騒ぐ。

 ぼくは───

 彼女のあまりの可愛さに、放心状態だった。

 飾り気のない黒いゴムも、耳の後ろに結んだ位置も、横髪の垂らし方も、すべてがぼく好みだった。


「似合う?」

 聞かれ、ぼくはただ頷いた。何度も、何度も。

「よかった」

 はにかむ大塚さんは、メデューサに違いない。ぼくは石みたいにかたまって、彼女に見とれた。


 佐々木先生に、ちょっとお礼が言いたくなった。

 ぼくをここまで改心させるなんて、大塚さんの二つ結びの威力、すごい。


「クッキーも作ってきたんだよ」


 そう言う大塚さんは、大きめのタッパーを紙袋から取り出す。ふたをあけると、甘い匂いがただよった。チョコチップクッキーだ。

 きっと、すごく甘いんだろうな。ぼくは、味を確認できないけど。

 だって、このクッキーは、大塚さんが佐々木先生のためだけに作ってクッキーで。

 どんなに食べたくても、ぼくは食べられない。

 そう思っていたのに、


「味見、してくれる?」


 大塚さんはぼくを味見係に選んでくれて、クッキーをひとつ、食べることができた。

 甘い生地に、ほろ苦いチョコチップ。こめられた思いは恋心。甘い。苦い。苦い。


 美味しそうな匂いを嗅ぎ付けたハイエナたち、もといクラスメイトたちが、わらわらと集まってきた。タッパーに手を突っ込んで、クッキーをもぎ取っていく。


 まずい。このままじゃ、クッキーが無くなってしまう。


 ガラッと、教室の引き戸が開いた。入ってきたのは、佐々木先生だ。

 そっか、一限目はたしか英語だった。まだ授業が始まるまで、十分ちかくあるけど、佐々木先生はいつも早く来る。早く来て、生徒たちとおしゃべりする。


 チャンスだ。


「大塚さん、先生にもあげてきたら?」


 『先生にも』っていうか、『先生が』本命なのはわかってるけど。

 教師と生徒の恋愛はご法度。みんなの目がある中で、なかなか良いパスが出せたのではないだろうか。


 頷いた大塚さんが、タッパーを持って先生のところへ走っていく。揺れるポニーテールは、今日はない。


「すごいな」と、佐々木先生の驚く声が聞こえてくる。

「大塚さん、こんなの作れちゃうの? わぁ、すごく美味しいよ。いいな、俺、こういうのぱっと作れる子をお嫁さんにしたい」


 ずるなよな、余裕のあるおとなは。お嫁さんにしたいとか、さらっと言えちゃうんだもんな。


「大塚さん、俺のとこにお嫁に来る?」

「もう、先生ってば、からかわないでください」

「あはは、だって、ほんとに美味しくて」


 大塚さん、顔を赤くして、照れてるんだろうな。ここからじゃ、うしろ姿しか見えないけど。

 ぼくは胸に手を当てる。

 ずきずき痛い。もう、ずっと。


『彼女と佐々木先生をくっつける、なんて、あなたにできるのかしら? ラブラブしてる二人の姿に耐えられる? このまま死んだ方がマシだって、思わない?』


 そうだね、シスタークロエ。ぼく、死にたくなってきたよ。

 

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