12

 

 好きな人が誰なのか。

 大塚さんは、教えてくれなかった。

 まぁ、ぼくはもう、それが誰だか知ってるけど。


「その人ってね、すごく優しいの。でも、みんなに平等に優しくしてるから、私だけが特別ってわけじゃなくてね……」


 大塚さんは、好きな人の名前をせたまま、ぼくに恋の相談をするようになった。

 ぼくが相談に乗るって言ったんだから、責任もって聞かなくちゃって思うけど、半分くらいのろけが入ってる気がして、聞いてるうちに、ぼくの気分はどんどん沈んでく。

 『その人』について語る顔が赤いのを確認するたび、ぼくのライフがごっそり減っていく。


「その人って、なんていうか、おとなで。子どもっぽい私なんて、つりあわないなって思うの」


 おとなね。25歳は、そりゃおとなだ。

 年齢不詳(でも、確実に35歳は超えてる。じゃないと、教頭にはなれないと思う)のシスタークロエからすれば、“お子様”なんだろうけど。


「大塚さんは、おとなっぽく見えるよ」

 のろけを散々聞かされ、しらけた気持ちだったからか、すんなりそう言うことができた。

「ほんと?」

 うるんだ瞳に見つめられ、ぼくは耐えきれずに学級日誌に視線を落とした。

 学級日誌記入、二日目。今日はぼくがペンを握る。

「ポニーテールが、お姉さんっぽく見えるのかな」

 大塚さんは嬉しそうだ。

「好きなんだ、ポニーテール。背筋がしゃんとするし、涼しいし」

 ぼくも、大塚さんのポニーテール姿が好きだ。左右に揺れるさらさらした髪に、何度も触れたくなった。

 でも、佐々木先生は。

「二つ結びも、似合いそう」

 そう、佐々木先生は、二つ結びの女の子がタイプなんだ。

 こっそり教えて、告白の成功率を高める。

「似合うかな?」

「うん。似合うと思う」

 これは本心だ。印象は、ちょっと幼くなるかもしれないけど、きっと似合う。


 今日の英語の授業は、受動態を習いました。

 日誌に書く。

 主語+be動詞+過去分詞+by人(物)。byは省略できるぞ。

 佐々木先生の言葉がぐるぐる回る。

 何言ってるかほとんど頭に入ってこなくて、難しかったです、っと。


「甘いものとか」

「へ?」

「クッキーとか、作って渡してみたらどうかな。その、好きな人に」


 ぼくは大発見をした。

 なんと、大塚さんの顔を直接見なければ、ずいぶん楽に会話ができる。

 この調子だ。

 この調子で、さりげなく、大塚さんの背中を押す。


「喜んでくれるかな?」

「うん、ぼくなら、嬉しい」


 ぼくなら、泣いて喜ぶよ。


「じゃあ、がんばってみる」


 笑った顔が、またぼくの心を傷つけた。


 運命の日まで、残り、8日。

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