翌週の月曜日、初の委員会招集がかけられた。


 壁に備え付けられたスピーカーから、放送部の女の子らしき声が案内していて、ぼくは耳をすませる。

 各クラスのホームルーム委員は、放課後、第一理科室に来てください。


「あの、一緒に行かない?」


 びっくりして顔を上げると、かばんを肩にかけた大塚さんが立っていた。

 周囲を見渡せば、みんな同じ委員会の子とかたまっている。なるほど、ああやって、一緒に集合地まで行くのがセオリーらしい。


 うん、と言ったつもりだったのに、吐息しか出なかった。慌てて頷いて、立ち上がる。


 内心はもう、パニックだ。


 大塚さんから声をかけてくれるなんて、思ってもみなかった。

 今日の委員会、どうやって話しかけて、仲良くなろう。ぼくは朝からそのことで頭がいっぱいだった。いくつか考えた世間話のレパートリーは、悲しいことに、大塚さんから話しかけられたショックで吹っ飛んでしまった。


「天谷くん、覚えてるかわかんないけど、私たち、中二の時に話したことがあるんだよ。後期の始業式で」


 加えて、大塚さんが大事な思い出を語るみたいに、そう言うから、ぼくはますます緊張する。


「覚えてるよ」


 かろうじて、それだけ口にした。

 そっか、と言う大塚さんは嬉しそうだった。


 すごいよ、ぼく。大塚さんと、仲良くしゃべれてるんじゃない?

 このまま順調に距離を縮めていって、ゆくゆくは―――そう、ゆくゆくは、佐々木先生に告白するよう、その背中を押すんだ。


 甘酸っぱく、切ない気持ちになりながら、それでもぼくは幸せだった。第一理科室の扉をくぐるまでは。


「ああ、君たち、何年何組?」


 聞いてきたのは、佐々木先生だった。25歳、英語教師で、爽やか系のイケメン。

 そして、大塚さんの恋のお相手だ。


「高等部の2年3組です」


 間髪入れず、大塚さんが答える。


 佐々木先生を見る目が潤んでいるかもしれないと思うと、ぼくは彼女の顔を見ることができなかった。


「はい、3組さんね。あそこの席について」


 指定された席に、となり合わせで座る。


「佐々木先生って、かっこいいよね」


 甘い声でそう言ったのは、大塚さんではなかった。ななめうしろに座る、中等部の女子たちだ。

 そちらを向く大塚さんの、白いうなじが見える。

 やっぱり、気になるんだろうか。彼女たちは、先生のお相手としては幼すぎると思うけど、それでも、恋敵になるかもしれないって、考えて、不安になったりしてるのかな。

 ぼくは大塚さんから視線を外して、黒板の前で作業する佐々木先生をにらんだ。


 大塚さんがホームルーム委員に立候補したのは、きっと、佐々木先生が担当の先生だって、知っていたからだ。好きな人を少しでも長く見ていたくて。その気持ちは、ぼくにもよく理解できた。


 どこがいいのかな、佐々木先生の。

 遊ばせた長めの前髪だろうか。

 手ぐしで、前髪を整えてみる。窓ガラスに映る自分を確認して───


 なにやってんだか。


 バカらしくなって、ぼくは前髪をぐしゃぐしゃに崩した。


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