大塚さんに片思いして、もう3年以上になる。


 中学2年生のときに能力が発現して、この学園に転入してきた初日は、夏休み明けの9月1日で、その日は始業式だった。


 生徒は講堂に直接集まり、壁に貼られたクラス表を確認して、自分のクラスの席に着く。ぼくは自己紹介も済ませないうちに、指定されたクラスの一番後ろの席に座らされた。


 ほどなく始業式が開始する。校長の話、新しい先生の紹介、部活の表彰、学年主任の話、それらが終わり、一同が立ち上がる。これで終わりか? そう思っていたらピアノの音が響き、生徒たちは何やら手帳のようなものを開いた。


 聖青葉学園では、校歌の代わりに、賛美歌さんびかを歌うのがしきたりらしい。そんなしきたりも、讃美歌の歌詞も知らないぼくは、一人でおろおろしていた。

 さっき挨拶したばかりの担任が、気をかせて讃美歌がった聖書だけでも貸してくれていれば、歌えなくても、せめて格好はついたのに。


 周囲の生徒たちが聖書を開かず突っ立ってるぼくを見て、くすくす笑ってる。

 最悪だ。


「聖書忘れたの?」


 そのとき、声をかけてくれたのは、となりにいた女の子だった。

 ぼくはびっくりした。その子が、あまりにきれいで。

 印象的な切れ長の黒目が、ぼくをじっと見つめる。


 ぼくが大塚さんを好きになったのは、困っていたぼくを助けてくれたから、それは後付けの理由で、たぶん、完全な一目れだったと思う。


「今日、転校してきたばかりで」


 唇が渇いて、のどぼとけが上下して、うまく声が出せなかった。

 ただ、彼女の顔を凝視した。


「じゃあ、私の貸してあげる」

 彼女は屈託なく、そう言った。

「でも、君はどうするの」

「私は、もう覚えてるから、見なくても大丈夫」

 それでもしぶるぼくに、彼女は肩をくっつけて笑う。

「それなら、一緒に見よう」


 高い位置で結ばれたポニーテールが、明るい彼女によく似合っているなと、ぼくは場違いな感想をいだいた。

 だんだんと、体が火照っていくのを自覚した。


 となりにいたし、同じクラスなんじゃないかと期待した。でも、違った。彼女はおとなりのクラスだった。


 大塚さくらさん。

 名前は、人づてに聞いた。


 それからというもの、彼女を目で追う毎日になった。

 来年こそ、同じクラスに。そう思いながら、接点のない3年間を過ごし、そして高校2年生になった今年、ついに同じクラスになれた。

 まだ4月。新学期が始まって数日だけど、大塚さんと同じ教室で同じ空気が吸える幸せをみしめているところだ。

 同じクラスなら、自然と会話する機会が巡ってくるはず。その日にそなえ、心の準備を───


 そして今、目の前には大塚さくらさんがいる。ぼくの占いを求めて、占い研究部の部室に。


 心の準備はできていない。


 これから彼女と会話することを思うと、ほおがカッと燃え上がった。普段はただうっとおしいだけのローブ。だけど、今日は二度も感謝をささげている。


「占いとか、信じるのバカみたいって思うの」


 開口一番、大塚さんは言い訳するように言った。


 うん。ぼくも、大塚さんは、ここへ来ることはないだろうって思ってた。

 勝手なイメージだけど、彼女は占いに頼るタイプの女子じゃない。


「でも、どうしても……」


 彼女が言い訳しながらもここへ来なければならなかった理由について考えた。何をそんなに知りたくて、ぼくに会いに来たのか。


「何を占いましょう」


 意を決したように、大塚さんは言った。


「好きな人と、うまくいきますか」


 ……まったく、ひどい話だ。

 ぼくの好きな人は、先生を好きで。二人がうまくいくことが、ぼくにはわかってしまう。

 こんなに、自分の力を呪った日はない。


「ぜんぜん、まったく、うまくいかない。その人を好きでいることは、いますぐやめたほうがいいね。残念だけど」


 くやしくて、むかついて。

 気づけば、占い結果と真逆のことを伝えてしまっていた。


「待って!」


 泣きながら出て行く大塚さんを呼び止めるも、遅かった。彼女が走るくつの音が、遠ざかっていく。何もかもが、遅かった。


 水晶がどす黒くにごり、活動を止めた。

 ぼくは、ぼくの力を失った。


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