「あさひ、あんた死ぬよ」


 茶をすすりつつばあちゃんが言った。まるで、世間話をするような穏やかさで。


「は……?」


 ぼくは力を失ったことを伝えるために、学校からまっすぐばあちゃんちにやってきた。


 ぼくはぼくなりに頑張ってきたけど、力を失ったんじゃどうしようもない。

 残念だけど、ぼくはこれきり、役職を降りるよ。

 清々した気持ちで、そう伝えた。


 これで、ぼくは自由だ。もう、いらぬ力に振り回されることはない。クソったれなルールに縛れることもない。占い研究部の活動に、放課後の時間を取られることもない。

 ただ、活動費が使い込めなくなるのは、少し惜しいけれど。まぁ、金が欲しければバイトをすればいい。


 気分は爽快だった。


 なのに、ばあちゃんの言葉で、ぼくの気分は一瞬で奈落の底に落ちる。


「し、死ぬってどういうことだよ!」


「そのままの意味さ」


 混乱するぼくの目をちらっと見て、ばあちゃんは湯のみを下ろした。


「あんた、力を私利私欲のために使ったね」

「使ってない!」

「いいや、使ったね。でなきゃ、力が消えるわけがない。毎日三人占うっていうノルマはこなしてたんだからさ」


 ぼくらは、自分を占ってはいけない。それは、自分のために力を使うことになるから。

 他人のためだけに力を使う、それが天谷の占いの在り方。

 ぼくはそのルールを忠実に守ってきた。自分のために力を使ったことなんて―――


「あ」


 そこで、ぼくは思い当たった。

 大塚さんの占いの結果。ぼくは、嘘を教えた。勝手に裏切られた気分になって、腹いせのように。それで、ぼくの胸はすっとした。


 それって、もしかして、自分のために力を使ったことになるの?


「なるね」

 ばあちゃんは肯定する。


「あんたのありがたい助言のせいで、その子は恋をあきらめた。先生とくっつく未来はなくなった。おかげで、アサヒ、あんたは失恋せずに済んだよね。代わりに、自分がその子とくっつく未来でも思い描いたか」


「それは───」


 正直、ちらっと考えたかもしれない。大塚さんが先生と付き合わなければ、ぼくにもチャンスがあるかも、なんて。でも、脳内をかすめただけだ。


「ま、いずれにせよ、その子に嘘を教えて、泣かせて、スカッとしてる時点で、あんたは自分のために力を使ったことになる。ルール違反だよ」


 ぼくの心が絶望に染まっていく。水晶を染めた真っ黒い色に。


 どうしよう。


「ぼく、死にたくない! 助けてよ、ばあちゃん!」

「そうさね」


 再び茶を飲むばあちゃんの動きは、ひどくゆっくりだった。焦りは理不尽な怒りに変わり、ばあちゃんを責めてしまう。

 こんな力。こんな、ぼくを危険にさらす力、欲しくなかった。こんなの、ぼくが望んで手に入れた力じゃないのに。大塚さんの好きな人なんて、知りたくなかった。彼女に八つ当たりなんて、本当はしたくなかったんだよ。

 可愛い孫を助けてよ。ねぇ、ばあちゃん。


「助かる方法が、ないこともない」


 ぼくが見た占いの結果を現実のものにすること。それも、二週間以内に。

 

 それが、ばあちゃんが語った、ぼくの命が助かる唯一の方法だった。

 つまり、今から二週間後までに、大塚さんと佐々木先生をカップルにしなければならなってこと。

 成功すれば、ぼくの“懺悔ざんげ”が天に受け入れられ、力が戻り、ぼくの命は助かる。


「あの占い結果は、実は嘘でしたって報告して終わりじゃだめなの?」

 とうひとつ駄々だだをこねる。

 けれど、ばあちゃんは「だめだ」とすげなく却下する。


「嘘をついたことはふせせたまま、占い師としてではなく、ただの天谷あさひとして、その子の恋を実らせないといけない。それが、あさひ、お前に科せられた罰だよ」


 そういうことらしい。


「一度あきらめちゃった子を、もう一度その気にさせなきゃならないんだ。骨が折れるよ、あさひ。頑張んな」


 二週間後に孫が死ぬかもしれないというのに、ばあちゃんはひどく楽しそうだった。


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