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ぼくが占うのは、一日三人だけ。最低三人のルールなら、それ以上を占う気は毛頭ない。だって、いくら労力をかけても、
ぼくのありがたい占いを聞けるラッキーボーイ&ガールの選考は、シスタークロエが行う。
ていうか、シスタークロエが持っている整理券を、学生たちがもらいに来る。
一日三枚しかないそれを、我先にと学生たちが奪いにくる、なんてことはなくて、毎朝8時にきっかり三人だけ、教頭室にやってくるのだそうだ。
たぶん、学生の間で、今日は誰が占ってもらう、みたいな取り決めがされているんだと思う。占ってもらえる権利が、順々に巡ってるんだ。だから、「あ、こいつまた来たな」ってやつはほとんどいない。
毎日三人の枠は、必ず埋まる。
ぼく、けっこう人気者なんだよね。
天谷が持つ占いの能力のことを他人にしゃべってはいけない。そのルールを守るため、ぼくはばっちり変装する。
床までつく真っ黒なローブを羽織って、フードをかぶって、髪も、制服も、ぜんぶ隠してしまう。それから、ボイスチェンジャーのヘッドセットをつけて、声を女のものに変える。これで、“お客さん”を迎える準備は
最初にやってきたのは、顔だけ知ってる、男子野球部のキャプテンだった。
「春期大会で、勝ちあがれますか」
今年が最後の三年生。彼の瞳はまっすぐで、暑苦しいぐらいに燃えていた。
いいのかな。それ、占って。だって、もしも負けることがわかってしまったら、やる気なくならない? まあ、どうでもいいけど。
水晶に触れると、うずまくモヤがさっと晴れ、彼の姿が映し出された。背番号一番の彼が、特大のホームランを放つ。放心状態の彼を仲間たちが取り囲み、胴上げが始まった。
「勝てますよ」
すっかり聞きなれてしまった、甲高い女の声が言う。
「本当ですか!」
ガタッと立ち上がった彼の後ろで、椅子が吹っ飛ぶ。清々しいほど、暑苦しいな。
「よかった……」
もう優勝が決まったかのように、涙を流すキャプテン。
と、そのとき。
水晶の中の雲行きが
勝てると確信した彼は、勝つための努力を放棄してしまったのか。それとも、バットを振りぬくときに
ぼくの占いを聞いたせいだ。
「最後まで、気を抜かないでくださいね」
ぼくは忠告する。
「未来は、とても不安定なんです」
涙を流して何度もお礼を言うキャプテンに、どこまでぼくの声が届いたかはわからない。
どっちにしろ、自業自得だ。
次にやってきたのは、数学の山中先生だった。占いは、生徒だけのものじゃない。教師や、はたまた保護者がやってくるときも、たまにある。
腰の引けた山中先生は、申し訳なさそうにしながらぼくの前に座る。
「実は、変な夢を見て」
ずいぶん長いことためらい、山中先生が口を開く。
「家が、火事になる夢なんだ」
山中先生は、去年結婚したばかりの若い男の先生だ。今年、念願のマイホームを手に入れて、ローンが大変だと
そのマイホームが、火事で焼失。なるほど、それは一大事だ。
「ほら、夢って、何か意味があるって言うだろ? ま、まさかとは思うけど、これが正夢になったりしたら……」
山中先生は、青い顔で震える。火災保険、今からでも入れるかな、なんて言ってる。これは重傷だ。
「とにかく、占ってみましょう」
ぼくはそう言って、水晶に触れる。うずまくモヤがさっと晴れ、映し出されたのは……
おい。何を見せてくれてんだよ。
水晶の中では、山中先生と奥さんが激しくまぐわっている。
ぼくはローブで顔と下半身が隠れていることを、心から感謝した。思春期真っ只中のぼくにとって、いきなりのエロ動画はかなりくる。奥さん、可愛いね。
「先生」
ぼくはつとめて冷静な声をだした。たぶん、成功したと思うけど、どうだろう。
歯をカチカチ鳴らす先生は、まるで死刑宣告を待つ囚人のようだ。
「大丈夫ですよ。お家が火事になることはありません」
「でも!」と山中先生が腰を浮かす。かなり動揺してる。
「じゃあ、あの夢には、いったいどんな意味が? ただの夢と見過ごすには、かなり、リアルだったんだ」
「夢はですね」
ふう、と息を吐く。笑ってしまいそうだった。
「先生の性欲の強さの現れです」
「は?」
山中先生のアホ
「炎の勢いが強ければ強いほど、性生活も燃え上がるわけで。奥さんが可愛いのはわかりますけど、ほどほどにね」
しばらくして正気に戻った先生は、顔を真っ赤にして、逃げるように教室から出て行った。
ドアがぴしゃんと閉められたのを確認して、
あーあ、腹痛い。
たまにこういうことがあると、ぼくも楽しめていい。山中先生の奥さんの可愛い姿も見れたし、今日はツイてる。
占いの結果に怒って、掴みかかってくるようなやつも時々いる。そこまでなくても、ぼくを
最後の一人も、だから、ぼくは上機嫌で迎え入れた。
「次の人、どうぞ」
ぼくの呼びかけて入ってきた彼女を見て、ぼくは思わず立ち上がっていた。さっきの野球部のキャプテンよろしく、座っていた椅子がすっ飛んでいく。
最後の“お客さん”は、大塚さくらさん。
ぼくの、好きな人。
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