第5話 差し伸べられた手
中学生になった。
学校の勉強も難しくなり、部活にも入った。
部はそこそこの強豪校だったからほぼ休みなどなかった。
だから、というわけではないがこの時にはわたしと家族の間にはすでに埋まる事のない溝ができていた。
兄は相変わらず父とうまくやっていたので、家族の中で私だけ浮いていた。
自分の家族であるはずなのに自分の居場所であったはずなのにどこにも居場所がない、そう感じてしまう。
それにもう小学生ではない。
身体も心も多少なり成長した、だけどその分色々考えてしまう。
父親からすれば私たちはお荷物なのではないか。
本当は母も、私たちも捨てて一人になりたいのではないのか。
どうして父はまだ母を捨てないのかわからなかった。
わたしから見ても二人は別に仲良し夫婦、というわけでもなかったし。
わたし達の事を愛してるからとか言うのは簡単だ。
だけどそれが真実だという事をどうやって見極めればいい?
現に時々、父からお前らさえいなければ、そんな陰険な眼差しを向けられるのに愛してると言われて信じられるか?
きっとそう言われてもわたしには信じられなかったと思う。
だから余計に父がわからなくなった。
わからないくせにお互いがわかろうとしないから必然的に溝は深まった。
家に居場所がない。
家族はわたしを必要としてくれない、認めてくれない。
だからわたしは友達を大切にした。
友達さえいればよかった。
たとえ表面上の付き合いだろうとその場ではわたしのことを必要としてくれている。
わたしという人間を認めてくれている。
その感覚が心地よかった。
だから友達がわたしを必要としてくれるように常に強く、頼られる存在になろうとした。
頼ってくれるということは必要としてくれているという事だから。
この時のわたしはまだ子供だったんだと思う。
家では誰も自分の事を見てくれなかったから学校ではきっとわたしを見てほしかったんだと思う。
だから中学でも成績は上位をキープした。
優秀な人はみんな見てくれるから。
けどただ優秀なだけだとそれだけなんだ。
だからわたしはよく馬鹿をやった。
わざと不真面目ぶったり、先生に反抗したり、くだらないいたずらとか。
中には危険なものも悪質なものもあったと思う。
でもこの時のわたしは多分、誰かにかまってもらいたくて必死だった。
いくら怒られようが全く見てもらえないよりは全然ましだから。
それにどんなことがあってもわたしには友達だいた。
なにがあっても友達の前では強くいられたし怒られてもすぐに笑い話になった。
わたしが友達に、ましてや父親に何かを頼るなんてことはなかったけどそんな必要なくひとりで何とか出来た。
けど一人じゃどうしようもできないことがあった。
“いじめ”だ。
中学生くらいならよくある話だと思うが力のある人間がターゲットを決めてその子を周囲の取り巻き達でいじめる、というやつだ。
定期的にそのターゲットは変わった。
彼女たちにとっては理由なんて何でもいい。
何となく、なんだから。
いじめられる側はたまったものではないが嵐が過ぎるのを待つようにただただ耐えるしかない。
わたしのときもそうだった。
きっかけはなんだったかなんて覚えてない。
だけどある時から部内で徹底的に無視されたり物を隠されたりするようになった。
騒ぎ立てると相手が喜ぶだけだなので無視を決め込んでいた。
だけど一向にそのいじめは収まる気配がなかった。
毎日の続くそれにわたしは相当堪えた。
本音を言えば学校なんて行きたくなかったし、部活なんてもっての他だった。
だけど行かないと親に余計な心配をかけるだろうし、休むことによって自分の弱い部分を見せたくなかった。
誰に何を聞かれても別に大したことない、そう答えていたがもう心は限界だった。
これは中一のときのことだったけどこの時ほど母親がいる家庭をうらやましく思ったことはない。
母がいれば打ち明けられるのに。
わたしの弱い部分を知っている母になら自分を強く見せる必要ないのに。
母がいれば支えてくれるのに、絶対味方になってくれるのに。
そんなこと考えたってどうにもならないってわかっているのに考えずにはいられなかった。
そんな時だったと思う。
部活の遠征帰りに自宅まで幼馴染のお母さんが送ってくれることになった。
もちろん幼馴染や他の部員も一緒に、だ。
その幼馴染が私のことをいじめている中心人物だったからできれば一緒に帰りたくない。
だけど申し出を断ることもできずに車に乗り込んだ。
最後に降りる事をいいことに一人だけ一番奥の席に座り空気に徹する。
でもこの時わたしは一つ覚悟を決めた。
必然的にその幼馴染とは最後まで一緒になる。
だからわたしはそこで幼馴染と話がしようと思ってた。
二人きりで話せばなにかが変わるかもしれないと。
だけど現実はそううまくいかない。
わたしと二人の空間を拒んだ幼馴染は最後まで車に乗らず途中で降りてしまった。
幼馴染のお母さんと二人っきり、重い沈黙が流れる。
駐車場につき、この思い空気から早く逃れようと車から降りようとすると止められた。
「ごめんね。つらいよね。」
幼馴染のお母さんが私の顔を見て、その瞳に涙を浮かべてそう言うのだ。
幼馴染として小さいころらわたしの事を見てきたお母さんはきっとわたしのことを自分の娘みたいに見てくれていたんだと思う。
だから自分の娘や周りが何をしてるのかも知っていたんだと思う。
幼馴染からわたしの悪口を聞いていたのかもしれないし、見て気が付いたのかもしれない。
それはわからないけど、幼馴染のお母さんが謝る必要なんてないと思ったけど、わたしの事を気にかけて心配してくれる人がいるっていう事が、わたしの事を娘のように見てくれている人がいることがうれしかった。
「ごめんね。何もしてあげらあれなくてごめんね。」
その一言でわたしの顔は涙でくちゃくちゃになった。
絶対に泣かないで耐えると決め必死にこらえていたのに一度崩壊したそこからは止めどなく涙があふれてくる。
どれほど泣いただろうか。
ようやく落ち着いてきた私は幼馴染のお母さんにお礼を言った。
そうして車から降りる。
最後に幼馴染のお母さんがかけてくれた言葉は実際には実現することはないだろうけどとてもうれしかった。
「なにかあれば頼って。今度ごはんでも食べに来なさい。」
笑顔でそう言ってくれた幼馴染のお母さんにわたしがどれだけ感謝したか。
確かにわたしは母を失った。
失ってしまったものをうらやむのはないものねだりでしかない。
どんない願っても過去は戻らない。
ならば今こうしてわたしのことを気にかけてくれる人がいるということを大切にするべきだと思った。
差し伸べられた手を取れるかどうかはわからないけど手を差し伸べてくれる人がいるっていう事を忘れてはいけない。
他人の手をとって、互いに助け合える関係が築けたらどんなに素敵だろう。
わたしにもそんな関係を築くことのできる人が現れるのだろうか。
それはどんな人なんだろう。
きっと母のような人かもしれない。
そんなことを考えながらその日は眠りについた。
幼馴染のお母さんの言葉があったからかその日は穏やかな眠りにつくことができた。
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