第3話 偽りの自分
次の日は朝から普通に学校に行った。
特に何かが変わったわけではない。
ただ、“家族”から“母”がいなくなっただけだ。
それだけなハズなのに、いつも送りだしてくれた母の“いってらっしゃい”その一言が聞こえないという事実がこんなにもわたしの心を揺さぶるとは思っていなかった。
その日もいつも通り登校班で登校したのを覚えている。
そこでわたしは幼馴染である女の子に母の事を話したのだと思う。
小さいころから家族ぐるみの付き合いだったのでもしかしたら頼る事があるかもしれないから、という事を父に言われた。
けれど当時のわたしには詳しい事はわかっていなかったから昨日母が入院したとしか言えなかった。
昨日の今日で実感もあまりなかったし、なによりすぐに元気になってくれる、そう思っていた。
だから幼馴染に「大丈夫?」と言われたが、普通に大丈夫と答えることができた。
強がりなどではなく、この時は本心からそう答えられた。
学校についてからも多少の事情を知っている担任の先生から昨日何があったのか、大丈夫なのか、などを聞かれた。
もちろんこの時も大丈夫、そう答えた。
今思えば、幼馴染と担任の先生に言った“大丈夫”という言葉が初めて自分を強く見せようとした言動だったのかもしれない。
学校から帰り、父と兄と母の病院へむかう。
母はすでにICUから出され一般病棟に移されていた。
病室にわたし達が着くとそこにはすでに祖父母がいた。
さすがに今日は涙を見せていないが、昨夜二人の涙を見ているから何となく気まずい。
二人もわたしにとって頼りになる“大人”だったのだから。
母の様子は昨日とまったっく変わらず。
意識はなく何本もの管に繋がれていた。
お医者さんが言うには脳も心臓も動いてはいるから植物状態ではないらしい。
だけど私にとって意識のない母は、わたしに何の言葉もかけてくれない母は死んでいるも同然だった。
だから早く起きてほしい、そう思った。
一週間もたつと私はポーカーフェイスがうまくなった。
本当は母がいない事実が日を追うごとに現実味を帯びてきて悲しくて、苦しくてどうしようもなかった。
病床に横たわる意識のない母を見るたびに涙が溢れそうになった。
それを必死にこらえて笑顔を作り、毎晩一人で布団の中で泣いた。
だけど父や祖父母、友達の前では絶対に泣かないと決めていた。
母が倒れたあの日、悲しみに打ちひしがれる父を、祖父母を見た。
“大人”達の”弱い”部分を見た。
だから思った。
これ以上負担を、迷惑をかけたくない、と。
この時わたしは自分が何の力にもなれない、ただ守られるだけの存在であることを十分に自覚していた。
だからこそ必要最低限以上の負担や心配をかけないよう自分の面倒は自分で見れるように、強くあろう、そう決意した。
それからは家事などは極力自分でやるようにしたし成績を落とさないように意識もした。
強がり、そう言われるかもしれないがそれでも強くあろうとした。
理由?
そんなの簡単だ。
母はきちんとした人だった。
優しかったけど怒るときはめちゃくちゃ怖い。
頭は悪かったみたいだけど人として大切な事はきちんと教えてくれていた。
もちろん最低限の家事も、だ。
だからというわけではないがこの時の私は11歳にしては他の子よりも大人びた思考をする、言い換えれば生意気な子供だった。
とまあ話がそれたが、何が言いたいのかというと母のせいにされたくなかったのである。
母はきちんと教えるべきことを教えてくれていた。
だから私が素行不良をすることで“母親がいないから”そう陰で言われることに耐えられなかったのである。
母は立派な人だった、だから私が優秀な子であれば母を認めてもらえる。
そう思っていた。
だから母の為に、常に優秀であろうとした。
また周りの人に見せたかった。
母がいなくても立派にやっていけると。
それは家でも同じだった。
母がいなくなってから家族内の会話が減った。
もともと家にいる時間も口数も少ない父だ。
何を話したらいいのかわからないのだろう。
それはこっちも同じ思いだった。
今までは母が会話の、家族の中心にいた。
だから家族みんなで楽しく会話をし、過ごすことができた。
だけど今は?
何を話したらいいのかわからない。
学校の事や友達の事、テレビの話などたわいもない内容でよかったのかもしれない。
だけどこの時のわたしは父親に余計な心配をさせたくなくて学校の事や自分の事を全く話さなかった。
必然的に会話は少なくなる。
だが兄は違ったようだ。
もともと父と兄にはサッカーというつながりがあった。
だから家でもサッカーの話など、二人でよく話している姿を見かけた。
この時初めて疎外感というものを感じた。
それと同時にやっぱり私の事をわかってくれて私の味方になってくれるのは母だけだったんだ、そう改めて実感した。
それからはますます自分の想いを心の中に隠すようになり、より強く、優秀であろうとした。
きっとこの時にわたしから家族の輪に入ろうとしてたら、自分の弱さをさらけ出すことができていたら、これからの人生はもっと違うものになっていたのかもしれない。
親からすればどんなことだろうがそれを迷惑だなんて思う事はないし、何も言ってくれない方が心配する。
どんなに優秀だろうと心配なものは心配だろう。
ましてや自分の子どもだ。
今、大人になって改めて考えると冷静にそう思える。
だけどあの時のわたしは幼かったし、そこまで冷静に考えられなかった。
そのせいでわたしはこれから先に苦しむことになるのに、そんな想像すらもできなかった。
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