第48話 狩りの始まり

 不思議な光景だった。

 壮年の男を先頭にして、その後ろに五人の男たちが静かに並んでいる。

 小柄な者から長身の者まで背丈は不揃いで、恐らくよわいもそれぞれに相違があることがその容姿から見てとれた。

 そんな中でも彼らの唯一の共通点といえば、そこにいる誰一人として一分いちぶの隙もないことだった。

(警戒とはまた違う、よく訓練された武人のそれだ)

 イファルはグホンの斜め後ろに座りながら、彼らを見てそう思った。

 先頭の男がグホンに歩み寄り、静かに腰を下ろすと、後ろにいた男たちは先ほどの陣形を崩すことなくその後ろにぴたりと立ち並んだ。

 目の色が違うというだけで、こうも変わるものなのだろうか。

 イファルが抱いた違和感はグホンの説明の中で徐々に明かされていった。

「彼らは琥珀族の血を引くが、全くの別物だ。どの氏族にも綻びというものは生まれる。遠い昔、争いを好まぬ琥珀族と決別しチソ族と血縁を結んだのが彼らだ」

 イファルは僅かに目を細めた。

 チソ族――西の山岳地帯の更に奥地に住み、戦闘にけた一族の名だ。

 争いを好み、秀でた戦闘力を持つ彼らは敏捷びんしょう獰猛どうもう痩躯そうくながら長槍ちょうそうを自在に操るその姿は〈魔人の爪〉と比喩されるほどだった。

 闇に生きる狩人かりびととは違い、日の下で堂々とその力を振るう一族だ。

 そんな彼らがなぜグホンと手を組みここにいるのか、イファルにはさっぱり分からなかった。

「彼らは秀でた才を好む。その才を持った血と交わることでその力を得ようとしているのだ」

 イファルはちらと壮年の男に目をやった。

(才だと……?)

 琥珀族の力を得ようとしているというのか? だが、グホンは今琥珀族の力を無きものにしようとしているはずだ……何かが噛み合っていない。

 イファルの疑問を悟ったように、グホンは振り返ることなく前を向いたままさらりと言った。

「無論、琥珀族の力ではない。彼らが欲しているのはの力だ」

 イファルは鼓動が早まるのを感じた。

「戦闘に長けた者と交わり武を得たように、未来を詠むというその稀有けうな力が欲しいと考えているのだ。それが我ら狩人と手を組む条件だ」

(……動じるな)

 イファルは己に必死に言い聞かせた。胸の内に湧き起こったこの感情を今悟られるわけにはいかぬ。

 感情と共に動きそうになった表情をぐっと抑えて、イファルはただ前だけを見続けた。

 それからグホンが淡々と話している間も彼らは口を開くことはなかった。

 そればかりか、微動だにせずグホンをじっと見つめているその様は、化物けものの名をかんするイファルですら薄ら寒いものを感じた。

 グホンは話を終えると脇息きょうそくに身体を預けて満足げに笑ってみせた。

「さあ、狩りの始まりだ」

 イファルは大きく息を吸うと、グホンの言葉に答えた。

「御意」

――腹は括った。

 元々顔も知らぬ女が屍の上に産み落とした粗末な命だ、惜しくなどない。ただ、多くは救えぬ。ならば、己の腕の数だけでも守ってみせる。

 イファルはじっとグホンの背を見つめながら、その目に化物けものの炎を宿した。





 イファルは馬を走らせながら考えていた。

(グホンのことだ、恐らく俺以外にも間者を送り込んでいるだろう)

 ここからは、慎重に動かねばならなかった。誰にも悟られぬように動かなければ全てを取りこぼす。

 あの夜グホンから告げられた最後の任務は、琥珀族を内に留めておくことだった。

「この地の周辺にじゃの呪術がほどこされた、とでも言えば奴らは簡単に信じるだろう」

 そう言ってグホンが笑っていたのを思い出す。

(確かに俺の言うことならば信じるだろう……)

 イファルは持っていた手綱たづなをぐっと握りしめた。

 何もかもがグホンの思惑通りに進んでいることが、どうにも腹立たしくて仕方がなかったのだ。

 そうして、イファルは三日、馬をかしながら地を駆け続けた。

 琥珀族の地に着くと、イファルは真っ先にナジウの元へと向かった。

 真夜中を幾分か過ぎた頃であったが、襖の隙間からは蠟燭の灯りが漏れている。イファルが静かに襖を開けると、ナジウは驚いたように読んでいた書物から顔を上げた。

「帰ったのか、夜這よばいなら場所を間違えているぞ」

 しかし、イファルの表情を見るや、ナジウはさっと顔をしかめた。

「何事だ」

「お前に頼みがある」

 そう言って、かしこまったように両膝を床につけて座ったイファルを見て、ナジウはぎょっとして僅かに背を仰け反らせた。

「何だというのだ?」

「じき、この地は食われる」

 イファルは静かにナジウに話し始めた。

 己が狩人の間者であること、グホンがこれから成そうとしていること、そして、この地に住む者たちが辿る未来を淡々と伝えていった。

 しかし、チソ族のことだけは伝えなかった。

 自分が狙われていると知れば、恐らくこの男は自決を選ぶか、または、いとも簡単に自らを差し出しかねないと思ったからだ。

「全ては救えぬ。俺は姫様とお前を逃がすことだけを考える」

 そして、イファルは最後に言った。

「だから、姫様を頼む」

 次の瞬間、ナジウは立ち上がって怒鳴った。

「なぜそれを俺に言う! どうしてお前が姫様を守り通すと言わぬのだ!」

 イファルは怒りに身を震わせているナジウを見上げながら冷静に言った。

「俺の命と引き換えだからだ」

「なっ……」

 ナジウは言葉に失い、その場に立ち尽くした。

 暫く呆然とイファルを見つめていたが、やがて、力を無くしたようにすとんと尻を床につけると、ゆっくりと口を開いた。

「……本当にそれしか方法はないのか」

「ない。狩人は決して獲物を逃がしはしない。何処までも追い続けて必ず狩る。ゆえに我らは狩人なのだ」

 言葉の中に滲んだイファルの冷めた思いを感じ取って、ナジウはぐっと口を結んだ。

「……それで、俺にどうしろというのだ」

 ナジウは片手で顔を覆いながら訊ねた。

「今すぐに姫様を連れ出してくれ。誰にも、侍女にも気付かれぬように――」

 そうして、イファルの語る計画をナジウは静かに聞いていた。

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