第5話 金色の眼伝説

 ムウは姉が用意してくれた寝具に寝転がりながら天井を見つめていた。

 金色こんじきまなこの伝説はこの国の者なら誰もが知っている。

 今よりはるか昔、人々を震撼させた悲劇が起こった。数多あまたの命が一夜にして消え去り、残ったのは焼け焦げた建物の残骸と無数に散らばった民の亡骸なきがら

――その真ん中で一人たたずみ天を仰いだ金色の瞳をした男。

 あおまなこの集結で事態は収束したと伝えられているが、それはどのように収束したのだろうか。

 伝説に出てくる蒼き眼とはいったい誰を指すのだろうか。

 今まで深く考えた事が無かった。

金色こんじきまなこだけは生かしておくな、災いだ〉

 そう伝えられ、それを決して疑おうとはしなかった。

 なぜだ……。

 ムウは一瞬眉をひそめた。

(何だ……)

 頭によぎった一抹の違和感を必死に手繰り寄せようと手を伸ばしたが、その違和感はするりと指の間から零れ落ちてしまった。


 コンコンと短く遠慮がちに扉を叩く音でムウの思考は途切れた。

「私だ、ガルムだ」

 それを聞いた瞬間、ムウは飛び起きて扉を開けた。

「呼んで頂ければ私から参りましたのに」

 急いで身なりを直しつつ、片膝をついて敬意の姿勢を取った。

「よしてくれ、そんな仲では無いだろう」

 ガルムは苦笑しながらムウの肩に優しく手を置いた。

 月詠つきよみをしに上に登っていたミアが帰って来た時も、同じような反応だったので、ガルムはさすが姉弟だなと笑った。



 三人は静かに小さな円卓を囲っていた。

 蠟燭の炎がゆらゆらと揺れ、部屋の壁に三人の影を大きく映し出している。

 静寂の中、蠟燭の芯がジジっと燃える音だけが、やけに大きく部屋中に響いた。

 ムウは月詠みの建物に帝が居るこの異様な光景をどこか他人事のように眺めていた。

 帝はこの国の象徴であり、決して宮殿から外へは出ない。

 どんな身分の者でも分け隔てなく接してくれるガルムであっても、今まで一度もこの建物には来たことが無かった。

 それでも、護衛もつけずにここに来たところをみると、頼れる者がここにしかいないという事を物語っていた。

 静寂を打ち消したのはガルムだった。

「先ほどこの国を背負う世継ぎが産まれた。妻と願い続けた待望の我が子だ。瞳の色は……」

 次の言葉を言いかけて、ガルムはぐっと奥歯を噛んだ。

 その瞬間、ムウは悟った。それはミアも同じだったのだろう、ミアは小さく呟いた。

「……金色こんじきだったのですね」

「そうだ。災いだとおそれられ、今もなお、忌み嫌われ続けるあの金色こんじきの瞳だ」

 ガルムは目頭を押さえながら絞り出すように言った。

(厄介なことになった……)

 ムウは決して声には出さなかったが、心の内で呟いた。

 金色こんじきまなこ――人々は金色の瞳を持つ者をそう呼んでいる。あの悲劇の首謀者であり、人を騙し、災いを起こすとされた、決してこの世に生を受けてはいけない存在。

 それが、この国の世継ぎに宿ったのだ。これはこの宮だけの問題にはとどまらず、この国全体、いや、下手をすれば近隣諸国との関係を揺るがす大きな問題になる可能性があった。

「妻とこれからの事を話し合わねばならぬ、どのようにしてあの子を育てていくべきか。これから先、我が子がどんな運命に立ち向かわねばならないのかを……。ミアよ、何か変化はあったか、これから何が起こるのか私に真実を教えてくれ」

 ミアは少し躊躇ためらいながら口を開いた。

「ガルム様、大変申し上げにくいのですが、その……月を詠み始めてからこのようなことが起こったことがなく、私も戸惑っておりまして……」

 ムウはこの先、姉が何を言いたいのか分かっていた。

「遠慮や情けは不要だ、申せ」

 一瞬静寂がおとずれた後、ミアは覚悟を決めたように話し始めた。

「申し訳ございません……詠めないのです。月の光や音色にもやがかかっていて、何かに覆われているように隠れているのです」

 ミアは申し訳なさそうに下に目をやった。

「なんだと……」

 ガルムは驚いた表情でミアを見つめた。

「どういう事だ? ムウ、お前もそうなのか」

 ガルムはすがるようにムウに視線を移した。

「姉が言った事は本当です。私が詠んでも月の光にはもやがかかり、月の音色もぼやけていて詠めません」

 ムウが答えると、ガルムは大きく首をふった。

「私に月詠みの事は分からぬ、それはいったい何を告げているのだ」

 ムウはちらっと姉を見た。

 ミアは小さく頷き、帝に話し始めた。

「私たち月詠み師は、いくつもの言い伝えや、教えを伝承しながら代々続いている一族です。その教えの一つに〈もやの月〉と言うものがあります。実際にそれを見たとされる月詠み師は私達の祖先、つまりは〈始まりの人〉ではないかと言い伝えられておりますが、古い言い伝えですし、長い年月の中で誰もその〈もやの月〉を見たことが無かったので、一族の中ではただの伝説として言い伝えられてきました。ここ数ヶ月の月はこの〈もやの月〉に当たります。〈もやの月〉というのは、ほんの小さな出来事でも大きく運命を変えてしまう危うさの象徴です。そして真実をというお告げだとも言われております」

「真実……それは、我が子が災いをもたらすあの金色の眼だと、みなに告げろということか」

 ガルムは少し苛立ったように声を荒げた。

「いいえ、ガルム様、そうではありません。真実とは私達の見えていない、最も深い所に眠っている何かです。真実を告げろというお告げではなく、真実をというお告げなのです」

ミアは優しい口調でガルムをなだめた。

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