快楽犯

木谷日向子

第1話

○路地(夜)

   池田聡子(いけださとこ)(21)、仰向けになり五味仁 

   左

(50)に上に乗られている。

   不敵な笑みを浮かべ、荒い息を吐いて

   いる五味。

   ズボンを半分脱いでいる。

五味「へへ……へへ」

   涙目になっている聡子。

   聡子の足元に転がる聡子のパンティー。

聡子「いや……誰か……!」

   五味、聡子の首に手を伸ばし、締めよ

   うとする。

   目を閉じ、苦悶の表情を浮かべる聡子。

聡子「うぅっ……」

   五味の背中。

   駆けてくる足音。

   五味、顔を後ろから勢いよく蹴られ、  

   右に吹き飛ぶ。

五味「ぐうっ!!」

   瞠目し、手を口で押さえながら半身を

   起こし上を見上げる聡子。

   聡子を真顔で見下ろす夏目瑤子

なつめようこ

(32)。

   久慈村正志

くじむらまさし

(27)、瑤子の背後から

   駆けてくる。

久慈村「夏目課長! 犯人の顔面に蹴り入れ 

 ちゃダメじゃないですか!」

   瑤子、後ろを振り返る。

瑤子「うるさい。こんな強姦魔野郎、何百回

 殺されても罪は償えない」

   瑤子、鼻血を出して無様に倒れている

   五味を指さす。

   久慈村、瑤子の傍に近寄る。

久慈村「刑事の台詞じゃないでしょ!」

   瑤子、五味に近付き、片膝をつき手を 

   取ると右手の時計を見る。

瑤子「22時43分。貴様を婦女暴行容疑で

 現行犯逮捕する」

   五味の両手にかけられる手錠。


○取調室・中

   五味と瑤子が机を挟んで向かい合って

   いる。

   手を組んで五味を睨んでいる瑤子。

   左手を摩りながら右手で自分の髪を摘  

   まんで弄っている五味。

瑤子「……質問を変えます。五味仁左さん。 

 あなたは12月25日の23時頃、帰宅途 

 中だった女子大生の池田聡子さんに後ろか

 ら抱き着き、人気の無い路地に連れ込んで

 彼女を強姦した。これは間違いないですね

 ?」

五味「うるさいなぁ。だから強姦じゃないっ

 て。向こうからオレのこと誘ってきたの。

 これは和姦です」

瑤子「池田さんの服には、無理やりひっぱら

 れて破れた後が、手や首には痣があります。

 泣きながら当時の様子を語ってくれた。こ

 れのどこが和姦なのでしょう?」

   あからさまに不機嫌な顔になる五味。

五味「ほんっと女の刑事はこれだからダメな

 んだよな。同性に感情移入しちゃ、刑事失 

 格でしょ」

   目つきを鋭くする瑤子。

   にやりと不気味な笑みを浮かべる五味。

五味「刑事さん、知ってます? セックスの

 時に女の首絞めながらやるのが最高のエク

 スタシーになるんですよ」

   五味、前屈みになり、瑤子に顔を近づ

   ける。

五味「(小声)あ、刑事さん。もしかして処女?」

   瑤子、俯くと机を勢い良く叩き、立ち 

   上がる。

   五味の胸ぐらを掴み、無理やり立ちあ

   がらせ、顔を近づける。

久慈村「課長!!」

   久慈村、瑤子に近寄り止めようとする。

   不敵な笑みを浮かべながら五味を睨む

   瑤子。

瑤子「図に乗るなよ。無職の強姦魔風情が。

 貴様如きの罪状なんてこの先嘘八百並べて

 いくらでも重くすることが出来るんだから

 な。その虫けら以下の命を一秒でも長引か

 せたいのであれば、黙って質問に答えろ」

   真顔で瑤子を見る五味。

   瑤子、五味を突き飛ばすように離す。

   茫然とした顔で無気力になりすとんと

   椅子に座る五味。

   苦悶の表情で瑤子を見る久慈村。

   目を閉じ、何食わぬ顔で襟元をただす

   瑤子。


○ラーメン屋・中

   瑤子、席についてラーメンをすすって

   いる。

   瑤子の周りにはラーメンの杯が大量に

   重ねて置かれている。

   困り顔で洗いものをしながら瑤子を見

   ている店主。

   扉が開く音。

久慈村の声「夏目課長」

   ラーメン杯を持ち、啜ったまま不機嫌

   そうな顔で振り返る瑤子。

瑤子「(食べながら)久慈村か」

   瑤子に近寄る久慈村。

久慈村「いつも思いますが、相変わらずの

 食べっぷりですね」

瑤子「うるせえ。クズ犯罪者の取り調べした

 あとは生理前以上にイライラすっからラー

 メンで自分を癒すしかねえんだよ。男もい

 ねえしな」

   瑤子、杯を持ち上げ、スープを一気飲

   みする。

久慈村「全く、あなたは相変わらず口が悪い」

   勢いよく杯を置く瑤子。

   久慈村、瑤子の隣に座る。

久慈村「(手を上げて)すみません。杏仁

 豆腐一つください」

瑤子「ラーメン屋に来てまでスイーツかよ。

 気持ち悪いな」

久慈村「課長に言われたくはないです」

   切なげな顔で少し俯く。

瑤子「……なあ久慈村。なんでセックスはこ

 の世に存在するんだと思う?」

久慈村「……セクハラですか」

瑤子「馬鹿。ちげえよ。誰がお前なんかにセ

 クハラするか」

久慈村「そうですね。……子供を作る為ですか

 ね」

瑤子「子供を作る為だけなら、快楽は必要な

 いはずだ」

久慈村「……確かに」

瑤子「快楽の為にセックスをし、その結果望

 まれない子どもを妊娠する。妊娠した子ど

 もを育てるために、無理やり結婚し、意見

 の食い違いから離婚する」

   皮肉な笑顔を浮かべ、久慈村を見る

   瑤子。

瑤子「私の両親がそうだった」

   真顔で瑤子を見る久慈村。

久慈村「課長」

   瑤子、前を向く。

瑤子「なんで神様は種の繁栄の為に、こんな

 に無意味で不必要なものを作ったんだろう

 な」

   唇を引き結び、少し俯く久慈村。

瑤子「快楽なんて存在しなければ、こんな

 憎しみも傷も犯罪も生まれなかったのに」

   虚ろな目で前方を見続ける瑤子。

眉を寄せ瑤子を見つめる久慈村。

   久慈村のスーツの内ポケットから携帯

   が鳴る。

   瑤子、久慈村を見る。

   久慈村、ポケットから携帯を取り出す

   と、立ち上がる。

久慈村「すみません。少し席を外します」

   久慈村、携帯を耳に当て、ラーメン屋

   から出て行く。

   ラーメン屋の扉を見つめる瑤子。

店主の声「杏仁豆腐一丁出来ましたよ」

   久慈村の席に置かれる杏仁豆腐。


○同・外

   瑤子、ラーメン屋の扉から出てくる。

   久慈村を見る瑤子。

   携帯を耳に当てて背を向けている久慈

   村。

久慈村「はい、はい……わかりました……」

   携帯を耳から離し、手を落とす。

瑤子「久慈村」

   久慈村、肩を叩かれたようにはっと反

   応し、ゆっくり後ろを振り返る。

   青ざめた顔の久慈村。

久慈村「……課長」

瑤子「誰からだ」

   唇を噛みしめ、俯く久慈村。

   肩が小刻みに震えだす。

   瞠目し、久慈村に近寄る瑤子。

瑤子「久慈村……?」

久慈村「……五味に強姦された大学生の池田

 聡子が……、先ほど遺体で見つかったそう

 です。死因は手首を切って風呂に入った

 ことによる失血死。……自殺です……」

   瑤子、真顔で俯くと、肩からカバンを

   外し、地面に勢いよく叩きつける。

   怒った顔になる瑤子。

瑤子「ちきしょう……! ちきしょう!!」

   目を固く閉じ、横を向く久慈村。

   瑤子、拳を握りしめる。

   強く握りしめたせいで瑤子の拳から

   血が流れ、地面に落ちる。

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快楽犯 木谷日向子 @komobota705

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