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 駅員に拾われた道まで戻り、ついに足を踏み入れる。緩くカーブを描いた道を進むと街灯の光は届かず、両側を囲む木々のせいで途端に辺りは真っ暗になり、この世界にはわたしひとりしか存在しないような感覚に陥った。


 砂を踏むジャリジャリとした音に紛れて確かに小さな海の音が聞こえた。しかしそれはなかなか姿を見せてくれない。

 辺りを包む木々はどんどん狭くなり、ついには人ひとりがやっと通れるくらいの獣道になっていた。左右から伸びた細い枝は駅員に代わってわたしの行く手を阻んでいるようだ。それらを押し広げると言葉にならない世界が広がっていた。わたしはほぅっとため息をついて体をねじ込んだ。そしてぽかんと口を開けて辺りを見回した。


 一面明るい藍色の世界だった。真上には満点の星。それらは海面にもキラキラと光を落とし、静かに波が、真夜中の青白い砂を洗う。左右から伸びた陸地は大切そうにこの海を両手で囲っていた。この小さな浜と海を真上から見ればUの字になっているだろう。わたし専用のちっぽけな世界が嬉しかった。


 わたしはこの光景に見惚れていた。波打ち際まで行き、立っているのが疲れたので砂の上に座った。手を付くと砂は冷たかったが、手触りは柔らかかった。とても粒が細かいのだ。寄せる波はとてもきれいで静かで、駅員が言った危険なことなど到底起こりそうも無かった。

 「何か」を期待していたわたしは少しがっかりしたが、こんな光景を見られただけでも十分だと思い、しばらくそこに座っていた。


 無意識のうちに片手で作り上げた砂の山が風でさらさらと崩れ始め、はっとした。同時に寒さが戻ってきた。わたしはぶるっと震え、もう戻ろうと立ち上がった。砂を払い落としてからくるりと振り返ると、視界の端、砂浜の隅に建つ不思議なものを見た。

 近寄ってみるとそれは木の板で建てられた本当に小さな小屋だった。大きさは2メートル×2メートルの四角形型で、高さはわたしの肩くらいしか無く、板と板は不器用に釘で打ち付けてあり、長さや幅が合わず隙間だらけだった。屋根は一般的なブルーのビニールシートを被せ、タープのように端をロープで引っ張りペグで打ち付けてあった。これでは雨漏りはするわ、隙間風は寒いだろう。きっとホームレスの方がまともな家を作りそうだ。


 海に面した壁に蝶番がぐらついたドアがあった。ドアと言っても板が開くだけ、と言った代物だが。取っ手の代わりの、穴にロープを通したものを引っ張ると以外にもすんなり開いた。中を覗くが真っ暗で見えない。体をずらすと月灯りが差し込み、中を照らした。


 床にはブルーのビニールシートが敷いてあり、捲れているところからすのこが覗いていた。わたしは中に入ってビニールシートの砂を払い落とし、敷き直してからドアを閉めた。

 意外と心地が良い。寝転がると四方の壁の隙間から光が漏れ、夜空に浮いている気分になった。波の音もさっきより大きく聞こえる。わたしは目を瞑った。

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