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顔と手がすっかり冷たくなると、やっと目的地に着いた。ただ、それはわたしの思っていたものと大分違っていた。
どうやらここは駅らしい。真っ暗な砂漠に突然オアシスが現れたかのような建物の密集地帯。今私たちがいるのは大きな円を描いたバスロータリーだ。大きさの割にバス停はひとつしか見当たらないが。
「この町にある大きい方の駅。特急とかもこっちなら止まるんだ」
駅員はそう言いながらわたしを降ろした。
なるほど、周辺には閉店しているがハンバーガーのチェーン店もある。ただ、信号機はすでに点灯していないし、小さな食料品売り場や土産物屋などは、やはり闇に沈んでいた。
それでも、個人店だろうか、聞いたことないようなカラオケやレンタルビデオ店の看板はチラチラと文字を流しながらいない客を呼んでいた。その並びにお目当ての漫画喫茶もあった。入口に立て掛けてある看板によると、シャワーとマッサージチェアは無いが別に問題ではない。個室とリクライニング、フリードリンクがあれば私は満足だ。
ふとカラオケ店と漫画喫茶の間の建物の隙間を覗く。どちらの建物にとっても従業員の出入り口に面しているようで、わたしが両手を広げたくらいの幅のちょっとした路地になっている。アスファルトに染み付いた黒いシミ。ポリバケツから溢れたごみ。何より独特のこの空気。上に広がる満点の星空の下とは思えない、ここだけは都会のにおいがした。
路地から目を離し振り返ると、まだ駅員はそこにいてわたしを見ていた。どうやらわたしが漫画喫茶に入るまで見届けようとしているのだ。
わたしは言った。
「まだ早いよ。せっかく大きな駅に来たんだからコンビニとか見たい」
「見ての通りコンビニはおろか、他に営業してる店は無いよ」
確かにコンビニは見当たらなかった。それでもわたしは何とか彼を帰したい。
「送ってくれてありがと。早く帰りなよ、家族が心配するよ」
「子ども扱いするな。俺は一人暮らしだから」
「あらそうなの」
「親は年だし、都会にいる。放っておけないから俺もいつかは戻るけど」
「ひとりっこなの?」
彼はきゅっと眉を寄せた。
「弟がいる。あいつこそ早く連れ戻さないといけないんだけど・・・」
そう呟くと、彼は突然自転車を持ち上げくるりと向きを変えた。
「もういいだろ、さようならだ。おやすみなさい」
わたしは色々質問したがったが、彼が会話を終わらせたので渋々「はいはい」と言ってキャリーケースを引いてビルへ入った。そして外から見えないように壁にくっついて自転車の遠ざかる音を聞いた。しばらくして顔を出し、誰もいないことを確認する。
わたしはビルを出て駅に向かった。駅の改札の脇にコインロッカーがある。キャリーケースを詰め込み、来た道を戻った。
深く考えて行動したわけじゃなかった。ただ単にこの夜をほったらかしにして眠りこけるのが惜しいと思ったからだ。寝る時間なら始発の電車の中も、おばあちゃん家に着いてからでもある。
海が、見たい。
駅員はどうしても海に行かせないよう誘導してたけど、わたしはますます興味が出てしまった。きっと何か起こるに違いない、そう感じていた。
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