とある生徒の終幕 5
5月、ほんちゃんの笑う回数が少なくなった。
厳しいのは美術チームも同じで毎日怒鳴られているという。
配色を間違う、作業が遅い、遅刻。
怒られるのはもっともだがどれも仕方がないことだ。配色の説明もなく、インクと配色表を渡されて「塗って」と言われてもミスするのは当たり前で、慣れない作業を早くしようとしてもそれはまた次のミスにつながる。
朝練もある演劇部は朝7時に集まり、放課後は20時頃に終わる。勉学も演技の勉強も怠ってはいけないと真面目で努力家なほんちゃんは眠るのも遅くなってしまう。
そして、朝練のために早く起きる。
そんなスケジュールだから一緒に登校したり、帰ったりができなくなった。ほんちゃんと会えるのは昼休みの昼食のだけ。
私が心配になったのは休みのないスケジュールと睡眠時間を削られてできたクマ。しかも、食欲不振にもなっているようで口に入れるのはゼリーや栄養ドリンクばかりだった。
「食欲不振だなんて、すずちゃんは大げさだよ。お腹が空いてないだけ。朝と夜はちゃんと食べてるよ」
疲れが溜まった目を細くさせて笑う。そこには子供の頃にあった晴れやかな明るさはなかった。
「休んだ方がいいよ。土日も部活をやってるじゃないか」
「そしたらまた怠け者って言われちゃう」
「ほんちゃんは努力家だよ。あんなの先輩の言いがかりだよ」
「ありがとうね。でも悪いのは私だから。ほら、私って間抜けだしさ」
どうして、そんなことが言えるのだろう。自分を陥れて笑う。そんな人じゃなかった。いくつのオーディションが落ちても翌日には前向きになって言っていたのに。
6月、昼食も一緒に食べなくなった。また先輩に怒られたようだった。
“ろくに役にも立っていないのに、男とイチャくつくな”
そう言われたらしい。彼女が間抜けだったとしても、人間関係を口に出す筋合いはない。
なのに、ほんちゃんは抗議する勇気もなくなっていた。黙ってその主張を受け入れて、私と会うことがなくなった。
ほんちゃんのいない日々は寂しかった。
夏休みを終えた9月、夏季休暇の間もほんちゃんに会えなかった。部活動が忙しいのもあるが、また先輩の小言を恐れていたからだろう。
学校の廊下でほんちゃんとすれ違った。久々に会ったほんちゃんは自信をなくしたみたいで誰とも目線を合わせず、猫背で歩いていた。
声をかけようとしたが、一緒にいたクラスメイトに止められる。
「やめとけって。あの子、演劇部だろ」
その言葉の意味がわからず、ほんちゃんはそのまま私の横を通り過ぎる。
彼女が私に話しかけてこなかった寂しさが心に落ちた。
「前からいじめが横行しているみたいでさ、あの子がターゲットにされてるって」
それは初めて聞いた話だ。
「前からっていつ?」
「いつとか知らないけど、昔からだよ。顧問は指導の1つって言っているみたいで。ペンキをかけられたり、殴られたりって去年も一昨年もあったって、バスケ部の先輩が言ってたよ」
ほんちゃんが怒られているのは知っていた。毎日、小言を言われているのも。でも、そこまでひどいだなんて。
「他の先生は?横行していたら知っているよね?」
「バスケ部の先輩もさ、そう思って担任に相談したんだよ。で、その担任が言うには何度か職員会議で議題にはなっているけど、いつも同じ結論になるって。演劇はあのやり方で全国優勝を何度もとっている。あれはいじめではなく指導の1つなら問題にならないって」
「大問題だ。去年は殴られたって。おかしいよ」
「俺もそう思うけど、どうしようもないって」
どうしようもない、とはなんだろうか。ずっと一緒にいたほんちゃんが、いつも笑ってくれるあの子が、周りの視線に怯えて顔を俯かせているのに、どうしようもない、とは。
「仲が良いのは知っているけどさ、あんまり演劇部とは関わらないほうがいいぜ」
気遣いで言ってくれた言葉がひどく不快だった。
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