とある生徒の終幕 6
10月、何とかして演劇部を辞めてもらいたかった。
学校ではほんちゃんに会えない。スマホで連絡を取り合おうとしても私からのメッセージは既読がつかない。
最近、避けられている気がしてならない。同じ校内にいるはずなのにほんちゃんを見かけない。家に訪ねても会えない。
その疑問は1つの噂が解いた。
“佐矢 蛍は可愛くもないのにオーディションを受けては落ちている”
滑稽だと周りの人たちは笑い合っていたらしい。
オーディションを受けている事は恥ずかしいからと、あまり人には話していない。知っているとしたら、私と家族、あとは4月にできたクラスの友人に話したと言っていた。
流したのはクラスの友人だろう。私はそんなことはしていない。決してない。
しかし、精神が削られた彼女が疑心暗鬼になり、私に対する不信の念を抱くのは充分だった。
私たちの絆は完全に絶たれた。
私たちの絆は誰よりも強くて、切れはしないと信じていた。信じられる程の時間を共有した。
それは幻に過ぎなかった。確かに、ほんちゃんと私の絆はあった。ただ、幻は脆く、現実は強固だった。
ハンマーで打つと簡単に砕けるガラス。これを砕いたのは演劇部の劣悪な環境と周りの嘲笑、
そして私自身だった。
直接会うことも、メッセージでのやりとりもなくなった私たちはその状態のまま、彼女が壊れていくまま、冬季休暇を終えた。
3月、用があって演劇部の部室近くまで来ていた。
友人たちが他愛ない会話で盛り上がる中、私だけが心を沈めては作り笑いを浮かべて、部室の前を通ろうとしていた。
そんな時、私に嫌な知らせを伝えるような、彼女からの悲鳴のSOSのような、怒声が廊下に響いた。
盛り上がっていた友人たちも笑うのをやめて、部室側の窓を向く。
窓際に立つ勇気がなかった私は避けるようにして友人の影に隠れていたが、さすがに怒声は無視できない。
よく見てみると、ペンキ缶をひっくり返した2年生が佇み、その目前にはほんちゃんがいた。
膝をつき、頭のてっぺんから肩までをドットカラーのオレンジに染めらていた。毛先や顎からペンキの雫が溜まっては床に落ちる。
「何度も何度も!注意しているのに!」
廊下にまで響く声。演劇部員はもちろん、廊下にいた通行人も部室の様子を伺う。
「なんでわかってくれないの!どこまで私を落胆させるのよ!あんたみたいな役立たずは初めてよ!」
「あの人、桜尾 すみれだろう。いつもは大人しいけど部活では豹変するって。2年生の先輩が言っていたよ」
友人たちが小声で囁く。
「いい人そうなのにな。やっぱり、人は見た目じゃないな」
彼らの話し声が頭に入らない。彼女の罵声は続く。
「真剣にやっていないから怠け者って言われるんでしょ!努力もしないでさ!だから愚図のままじゃない!」
「もう行こうぜ。こっちまで滅入る」
「そうだな」
2人が歩き出す。私は立ち竦む。
演劇部の部員もそこにいた顧問も通りすがりの私たちも、誰も桜尾 すみれの罵声を止めようとはしなかった。彼らは一般的な、いつも通りの日常だと解釈して、自分の作業に戻り、通行人も歩き出す。
私だけが立ち尽くしていた。これまで受けてきた怒声罵声屈辱。虐げられる姿はみるに耐えられない。
涙を流さず、受け止めるほんちゃん。事実を知った私は、私は。
ほんちゃんは私の幼馴染みだ。大切な人だ。そんな彼女が目の前で傷つけられている。
「あんたもうすぐ2年生になるんだよ!そんなんじゃ1年生に舐められるよ!いいの!それで!」
友人たちが私を待っている。早く行ってあげないと。
「涼、早く行こう。できることはないよ」
友人たちが私を呼ぶ。
その通りだ。これは演劇部の問題だ。他人が関わることじゃない。でも。
「少しはさ!役に立てよ!愚図!」
私の脚は友人たちへと向かった。その日、私は冷たい人間になった。
恐れたのは周りの目、人からの罵詈雑言・嘲笑。結局、私は浅ましい人間に過ぎなかった。
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