とある生徒の終幕 4

誰にも褒められない、求められない150ページ程度の文字量を書き上げられたのはほんちゃんが隣にいてくれたからだ。ほんちゃんは私の為に道標を立てた。ほんちゃんが私の背中を押す。

私がほんちゃんにできる事はあるだろうか。

初めて観たあの活劇みたいに、煤だらけの少年がヒロインに勇気を与えたみたいに私は彼女のヒーローになりたかった。

私たちは相談しあって同じ高校を受験することにした。

本格的な演劇を学びたいと強く希望したほんちゃんに合わせて選んだ高校。私は英語科か文芸部があればよかった。文芸部は私以外の物書きと交流してみたくて、英語科は視野を広げたくて海外のことを学びたかった。

演劇の強豪校、英語科もあって文芸部もある。選ばない理由はなかった。

4月、桜の季節。風で遊ぶ桜の花びらがひらひらと舞ってはスカイブルーの空に桜色のアクセサリーが飾られる。

入学時、いつもより明るくはしゃぐほんちゃんと一緒に登校した。やっと演劇を並べると張り切って、通学路を歩む足を弾まる。

「いつまでたっても子供っぽさが抜けないなぁ」

跳ねては落ちるを繰り返す。ほんちゃんの背中は羽が生えたように軽やかでイベントを待ち切れない子供っぽさがあった。

「だって待ちきれないんだもの。演劇部に入部してさ、ステージに立ってスポットライトを浴びるの。それでね、演劇を観た人たちは私の演技に魅了されるの」

「あんまり自惚れしていると周りの温度差に泣きを見るよ。演劇部はスパルタだって話だし」

「もう下向きなばかり言わないで。厳しいのは覚悟しているよ。 そういうの含めて嬉しいの。やっと前に踏み出せるんだもの」

春の風は強く、通学路を歩く私たちの背中を押してくれる。嬉しく弾むほんちゃんの背中には羽を生やしているようで、風が吹いただけでも飛ばされていきそうだった。

今度は私が置いていかれる。そんな寂しい気分になった。

当時は周りの変化に疎かった。そもそも、高校入学という大きな変化に慣れるのが精一杯で、他者の事まで気が回らなかった。

愚かだったと思う。早くに気付いていれば、それよりも早く、高校受験の時にもっと入念に調べるべきだったのだ。

今となっては何もかもが遅い。

晴れた彼女の笑顔に曇り空が多くなったのは入学から1週間が経った頃からだ。

「美術チームに配属?役者チームを希望しなかったの?」

部活終わりの放課後、私たちは同じ帰路を歩いていた。ほんちゃんと合流してからずっと何か落ち込んでいたので聞いてみれば、一方的に美術チームに配属されたというのだ。

「私には才能がないって」

「演技もみていないのに?おかしいよ。先生に相談した?」

「先生に言われたの。あと、1年生が文句を言うのは生意気だって。そんなつもりじゃなかったのに」

この時から演劇部に対する不信があった。受験で高校を選ぶ際、演劇部は厳しいと話は聞いていた。しかし、少しの相談も許されないのは過剰ではないか。

その不信を述べようとしたが、私の表情で悟ったほんちゃんは笑顔になって曇り顔を隠す。

「心配しないで。チャンスがなくなったわけじゃないのよ。努力次第では役者チームに入れるって。それに近くで演技指導が見れるわけだし、学べないわけじゃないのよ。あとね、オーディションまた受けようと思っててね。この前書類を送ったの」

自分の中に落ちた憂鬱さを置いたまま、笑顔と明るさで心を覆う。

ほんちゃんは努力家だ。心配にはなるけれど見守ってあげよう。一緒に帰って、彼女の話を聞いて。それで良いのだと思っていた。

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