とある生徒の終幕 3
公園のドームの中で道標は決まった。私の描いた物語を言葉で表す。その夢が彼女と一緒なら、彼女と歩めるのなら、夢の道を照らす光のもとへ支え合いながら行ける。
幼い子供の破れやすい約束だった。ほんちゃんは飽きやすくて、貸した本もなかなか返してくれないから。
私としては彼女と夢を一緒に目指していきたいけど、ほんちゃんがいつ飽きるかそんな不安があった。
そんなものはすぐに消え去った。ほんちゃんは思っていた以上に真剣になっていた。親に頼んで舞台を観に行ったり、演出した役者の台詞を覚えては仕草を真似して、その人そのものになりきった。
オーディションにも応募してみたが、そういうものはスクールに通っている子ばかりが採用された。
「都会の子はずるいよね。何でもあるからスクールにも電車1本で行けちゃう。こんな田舎だとお習字やピアノ、学習塾しかない」
「剣道や野球もあるよ」
オーディションの結果に落ち込んだほんちゃんが図書館の机に凭れては田舎者特有の妬みを呟く。
約束したあの日から数年が経ち、私たちは小学6年生になっていた。
「そういうことじゃなくてさぁ」
「演技のスクールにこだわらなくても、歌やダンスでもいいと思うよ。演出にはどっちも必要になるから」
演技について学べないことがほんちゃんの不満であった。
彼女なりの努力はしていた。カメラで動画を撮り、有名な演目やドラマとかのワンシーンを演じて独自に研究したり、発声練習をしたりと、ほんちゃんの努力は誰よりも理解している。
「お母さんが経済的に続けるのは難しいってさ。それよりもさ、できたんでしょ?見せて」
憂鬱を仕舞いこんで話題は私が書いた文字列の用紙に変わる。
ほんちゃんの愚痴を聞いていてあげてもよかったが、彼女の期待と好奇に輝いた瞳がこそばゆく、嬉れしかった。
私は恥ずかしさで跳ね上がる心臓を悟られないようにB5サイズのルーズリーフを机の上に置く。
150ページ程の文字量。学校から帰って宿題を終えた後のわずかな時間を割いて、コツコツと積み上げたのは拙い初めての自作だ。
「他の人に見せたらダメだよ。絶対だよ」
これを読ませられるのはほんちゃんだけだった。男友達はいるが、子供っぽい小説を読ませるのには勇気がいる。その点、ほんちゃんは夢を共有していることもあり、ありのままの自分を受け入れてくれるのだと信じて疑わなかった。
「これは私たちの秘密、でしょ?」
悪戯っぽい笑顔を私に向けて心臓が速くなるのを感じた。対してほんちゃんは目を俯かせて呟く。
「すずちゃんはすごいな。目指しているものに真っ直ぐ進んでいる。置いていかれちゃうな」
「そんなことない!」
見当違いなほんちゃんのぼやきを聞き流せなかった。ここが図書館だということも忘れ、声を張り上げて、真っ向から否定する。受付に座る司書の睨む目と合って私の顔は下に向く。
「滅茶苦茶なんだ。文書も物語も。書いていくうちに自分の書きたいものっていうのがわからなくなって、それで」
一度、張り上げた声は萎んで、残ったのは後悔と羞恥。いつもキラキラするほんちゃんの前では情けない姿ばかり見せてる。私はほんちゃんが思っているよりも小さい人間なのだ。
「私たちってなかなか第一歩が踏めないよね。でも、すずちゃんはすごいよ。こんなにたくさんの文章、私には無理だもん。最後まで読むよ。だって、すずちゃんが頑張ってこれを書き上げたのを私が1番知っているもの」
ほんちゃんは不思議だ。私が隠していた部分を見つけてはそっと手の平で掬う。別の人がやれば嫌がるものなのに、ほんちゃんが私の心を掬うと温水が満たされていくような穏やかな気持ちになる。
ほんちゃんが言ってくれる言葉は私が忌み嫌う心を見透かしているのに優しい笑顔で受け入れるからこれでもいいかと思えてくる。
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