蜘蛛の脚 11
想像以上に速く投げられたあたしの身体は空中で態勢も整えられないまま、1本の虫の脚に腰を打ち、円柱の上を身体が滑っていく。
滑走は短く、片足が黒い糸の塊に突っ込むとカンダタの小さな呻き声がした。
投げ出されてから着地まではほんの一瞬で、起きた出来事をすぐには整理できなかった。
あたしが着地したのは7本の足の中心、カンダタの開いた背中の上だった。
その狭い空間の中にあたしはすっぽりと入ってしまい、片足はカンダタの背中の中にあった。足裏からゴツゴツとした骨髄が伝わってくる。
骨にしてはおかしいわね。骨髄と骨髄が外れて、何か伸びている。あ、これが虫の脚ね。
「降りろ!」
黒い糸の塊の中を足で探っているとカンダタが怒鳴ってきた。
ローファーの靴で骨髄を踏まれるのはそうとう痛いらしい。
「元気そうね。心配は要らなかったかしら」
「してない、だろ」
「人として、建前は必要でしょ」
カンダタはそれ以上言い返してこなかった。怒鳴る元気はあるのに会話をする気力がないみたいね。また地面に顔を埋めては唾液と泥で自らを汚す。
脚と脚の間から顔を覗かせるとすみれがこちら睨んでいる。片腕から生える蔦は更に増量して腰や首などに絡んで身体を被ってしまいそうだった。
「お休みのところ悪いけど、植物人間があたしたちを殺しに来るわよ」
カンダタにあたしの声は届いていなかった。
7本分の脚が足踏みを始めて、その中心に立つあたしは大きく揺れる。虫の脚がカンダタの身体を引きずり、移動しようとしていた。
この状態で暴れられるのは困る。
そうなる前にあたしは背中から肩へ移ると彼のポニーテールを鷲掴みにして、苦痛に歯を食いしばる顔面を地面に叩き、頭を上にあげる。強い衝撃を受ければ我に考えるかと考えていた。
「気持ち悪い脚を仕舞って。帰るわよ」
あたしの一時的なショック療法は功を成したようで、虫の脚は動くのを止め、カンダタは理性を戻す。
「無理だ。どうしようも、できない」
カンダタから漏れたのは弱音で内側から侵略する黒蝶に敗北を許そうとしていた。
「声がする、食欲が抑えられない、身体が動かない。このままじゃあ俺は。べに、べに。俺は」
カンダタの理性が戻ったわけじゃなかった。あたしの言葉を聞き取る耳はあるけれど、聞き入れた言葉と渦巻く感情が混濁している。
「ねぇ、ちょっと」
「べに、べに、どこにいったんだべに」
最早、あたしの声も聞いていないわね。髪を掴んでもう一度、頭を叩こうとした。
あたしがその手を止めたのは一羽の黒蝶がカンダタの黒い毛先に止まったから。
見渡せば黒蝶があたしたちを囲み、いつの間に蝶男が現れ、カンダタの頭を撫でる。
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