蜘蛛の脚 12
光弥はどうしたのか言えば彼は黒い鬼の餌になって、光弥だったものは血肉の塊になっていた。
「彼女はいない。わかるだろう」
「どこにどこに」
血塗れの光弥に唖然となっていたあたしは目の前にいる蝶男へと意識を戻す。
蝶男が囁き、カンダタが困惑する。
「ほら、よく思い出して。誰が奪った?」
「うばっ、た」
蝶男の声にカンダタが呼応した。これはまずい。
何がまずいかだなんてわからない。直感で悟った兆しに理屈は要らない。
あたしは隠し持っていたカッターの刃を振りかざし、蝶男の首を狙って切りつける。
刃と肌が接触した瞬間、蝶男の首は無数の蝶になって刃は空気を切る。
肩から身を乗り出していたあたしは虚を突かれて態勢を崩す。
落ちそうになっていたあたしを蝶男は捕らえる。カッターを持った手を掴み、高く持ち上げた。そのせいであたしの片手から腰まで真っ直ぐに伸ばされて空中に垂れる。
「まさか、これを取り返しにくるとは。君の勇敢さには感服するよ」
「嬉しくないわね」
刃物が通じないなんて。片手を掴まれ、空中に垂れ下がっている状況では抵抗する策も浮かばない。せめての抵抗として蝶男を睨む。
蝶男にはその強がりも見透して、子供の浅知恵で行った作戦を一掃して笑う。
「頑張った方だよ。満点をあげたいところだ。けれど1つだけ減点がある。これだ」
蝶男はカンダタを指差す。あたしがわざわざ校庭に来てしまったのがミスなのだと彼は言う。
「これの魂は修復できない。手遅れなんだよ。君は無駄なものに気を取られ、僕に捕まったんだ」
「無駄も手遅れもあたしが決める。あんたの言う通りなんてしてやらない」
手遅れ、無駄。そういった言葉があたしを逆撫でさせた。剥き出しの単純な台詞に蝶男は鼻で笑うとたった1本の腕であたしの身体を投げた。
ふわりと浮いたかと思えば、泥状の地面に転がり落ちる。その後にハクがあたしを追いかけてきて守るように覆い被さった。
蝶男はカンダタの頭を撫でて囁く。彼の赤い瞳があたしに向けられる。
感情の薄れた虚ろな目はしていなかった。ただ、怒り一色で染まっていて血走った赤目は狂人そのものだった。
「ハク、立ち向かわず逃げ回るのよ。いい?これは鬼ごっこなの」
威嚇して敵意を示すハクを宥めて言い聞かせる。
カンダタが声を荒らげて、殺意と憎悪の雄叫びをあげる。そして、背中から8本目の脚が産声をあげる。
逃避、それだけを考えていた。目の前にいる蝶男とカンダタにしか頭に入れていなかったせいで足元に注意を払っていなかった。すみれの蔦が地面を這い、あたしの足首に巻きつく。
蔦に引っ張られたあたしは引きずられて、すみれに近づく。
ハクはあたしを助けようとした。けれど、カンダタがあたしを追いかけてくる。状況を把握したハクは方向を変えて虫の脚へと食らいつく。
一方、あたしはすみれに対する対抗策を考える。といってもこの短時間で案は出なかった。そしてすみれ間合いに入ってしまう。
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