黒猫の探し物 7
私と先輩は身体の向きを変えて、見つめ合うように向かい合うと先輩の自己紹介が始まった。
先輩は
今朝、お父さんが話していたことを思い出す。あれは確か、私が入学する前の出来事だったはず。先輩はあの時の当事者なのかな。
演劇部でのいじめは深く話さなかった。先輩は軽く自己紹介をして、私の番になる。
私も名前と学年、最近まで受けていたいじめ、そしてクラスで感じる疎外感まで話した。
自分のことを話すのは怖かった。その時受けた心の傷や感情を整理しながら話していると声が詰まって、区切りの悪い長話になってしまう。
それなのに長野先生と先輩は真剣に聞いてくれた。特に先輩は私の痛みと共有するように今にも泣きそうな顔をして、拙い話に何度も頷く。
ひと通りのことを話し終えると先輩は「辛かったね」と言って私の手を握ってくれた。
たったそれだけなのに、先輩に対する不安や緊張はなくなった。
その後は暗い話題は出さずに先輩と楽しい会話をした。好きなもの、趣味、怪我をした猫を拾って飼い始めたこと。
楽しい会話だった。家族以外、この行為は久々で学校での居場所をやっと得られたような幸福感に満たされた時間だった。
針が刻む時刻さえ忘れて、カップの紅茶が空になっても話し続けた。そうして、放課後のチャイムが鳴り、カウンセリングの終了を告げる。
「2人とも友達になれたようだね」
会話に参加しなかった長野先生が口を開く。先生は私たちの関係が築かれていく様子を黙って見守り、短時間で結ばれた絆に安心しきった微笑みを浮かべる。
「はい。私ばかり話していましたけど」
思い返してみれば感情が昂ぶっていた。堪えていたものがはみ出してしまい、先輩に話す機会を与えていなかった。
「そんなことない。清音の話を聞けてよかった。私と似た境遇の人がいるってわかって心強かった。ありがとう話してくれて」
「初日のカウンセリングは良好のようだ。明日もやるからぜひ来てくれ。あと帰宅時は気をつけるんだよ。最近は物騒だからね」
私と先輩は長野先生に別れを告げて雨音が鳴る廊下を歩く。
「あの、桜尾先輩は演劇部の活動って」
気になった私は勇気を出して聞いてみる。
先程まで明るく振る舞っていた先輩は急に俯いて、その横顔に影を落とす。
「今は休んでる。できれば続けたかったんだけどね。色々と限界がきちゃって」
はっきりとは言わなかった。でも、感じたのは確かな拒絶だった。それ以上触れないでという明確な領域が先輩の態度で伝わる。
「ごめんなさい。話したくないですよね」
踏み込み過ぎてしまった。楽しく喋り合っていたから人との境界線がぼやけていた。先輩は今日初めて会った人。だから、聞いていい事と悪い事を分けていかないと。
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