黒猫の探し物 6

カウンセリングの先生は一度だけ見たことがある。全校朝会の際、新任として教壇に立ち、自己紹介をしていた。細身で若く、悪い印象なかった。爽やかで人の良さそうな笑顔はまさにカウンセリングの教師に相応しい。

廊下の一角で足を止めた坂本先生は1枚のドアをノックする。

どうぞ、と教室の中から穏やかな声が聞こえてきて、坂本先生と私は中へと入った。

教室には既にもう1人の女子生徒がいて、細身の男性と向かい合わせに座っている。

「すいません、長野先生。お取り込み中でしたか」

この状況からして、カウンセリングの最中だったと見て取れる。

「いえいえ、待っていたんですよ」

細身の先生は立ち上がり、私の元へと寄ってくる。

「あなたが岡本 清音さんですね。話を聞きました。辛かったでしょうね。よく来てくれました」

長野先生は優しく安らな声色で私にあった緊張ゆっくりと溶かしていく。

坂本先生は私を託すように別れを告げて教室から去っていった。

雨音が響く教室の中、長野先生は私を女子生徒の隣に座らせるよう促す。

初対面の人と不慣れな環境がそこにあった。なのに、よく知るクラスの教室よりも心が穏やかになれた。

静寂を溶かす雨音、私を見守る女子生徒、落ち着いた長野先生。心地が良かった。教室の片隅にあるアロマのせいかもしれない。

「開始する前にお茶を出そう。長い話になるからね」

そういうと長野先生は私に背を向けて窓側に立つ。紅茶パックが入った黒い缶と砂糖の瓶を手に持ち、私のために紅茶を淹れる。

「緊張してる?」

私の隣に座る女子生徒が話しかけてきた。制服のリボンは赤色のラインが入っている。3年生だ。

「少しだけしています。なんというか、この空気は落ち着いていて、安らぎます」

「 私もね鬱になっていた時があったんだけど、最近はそうでもないの。長野先生のおかげでね」

私に笑顔を見せる。鬱だった事実はなかったように明るい。それが長野先生の手腕によるものなのかそれとも先輩の楽観的な自論なのか判断できない私は曖昧に笑って返す。

そして、長野先生は私に紅茶を差し出して、私と先輩の向かいに座る。

「さて、これから行うのはいわゆるグループ療法だ。本来なら6人から10人程度で行うものなんだが、ここの学生たちはカウンセリングを必要としない人たちが多いみたいだ。いいことだね。とにかく2人にはお互い自分のことを話してもらおうと思う。もちろん、話したくないのであれば別のことでもいい。僕はね、2人には仲良くなってもらいたいんだ。そのためにまず自己紹介から。いいかな? 」

長野先生は私と先輩、交互に見つめる。

もとより、私がこういう空気には慣れていない。初めてのカウンセリングで知らない人たちを前に「どちらから話をする?」と聞かれても戸惑ってしまう。

そんな私の心情を察したのか先輩が手を上げて自ら先番をする。

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