黒猫の探し物 8

「いいの。気にしないで。話せる時が来たら話すわ。それよりも清音は大丈夫なの?私は部活を休んでいるからそこまで酷い目にあってはいないけど、いじめた人はどうなるの?」

「まだ決まっていないんです。謹慎が延びるか停学になるのか、わからないです」

「そんなの停学に決まっているじゃない。その子はあなたの私物まで盗ったんでしょ?」

「そうなんですけど、彼女たちにも将来があるからって先生が」

それは生活指導の先生が言っていた台詞だった。私も人の将来を奪う立場になりたくないのと納得のいかない不服さが入り混じりながら、その言葉を受け入れた。あの時、もっと強く訴えていれば物を盗られたりしなかった。

「清音は優しいのね」

先輩は敬意を含んだ笑みを浮かべる。けど、決して私を評価したわけではなかった。

「確かに私たちは高校生よ。平等の未来を背負っている。岡本さんにもいじめた人たちにも。その未来に傷をつけて蔑ろにしたのはいじめた人たちなのよ。優しさや慈悲をかけるべきじゃない。すぐに停学にさせるべきよ」

「でも、私」

言葉が言い淀む。山崎たちを恨んでないと言えば嘘になる。でも、停学させてまで追い詰めるのは良心が許さない。

「いい?清音」

迷いのある私に先輩は言い聞かせる。

「あなたは悪いことをしていないのよ。真面目に勉強してきて努力も怠らなかった。それを笑って壊したのはあいつらなの。人はね、良心を忘れて怒らないといけない時があるの。清音は怒っていいし恨んでいい。いじめた人たちの不幸を願ってもそれは正しいって私は自信を持って言える」

少しだけ興奮している声色は私の代わりに怒っているようだった。

それが嬉しくて、真剣に向き合ってくれているのに思わず笑ってしまう。

「ありがとうございます。今までそんなこと言ってくれる人はいなかったので少し驚きました。でも、私は人の不幸を願えるほど強くはなれないです」

「清音が許しても私は許さないから。私刑ができるならすぐにでも首を刎ねてやる」

物騒な物言いに先輩の恨みがふつふつと湧き上がる。

なんだか気まずくなった会話の最中で生徒玄関に着く。

「あ、長野先生のところに忘れ物しちゃった」

折畳み傘を出すついでに鞄の中身を確認した先輩は呟く。

「待ってますよ」

長野先生のいる教室から生徒玄関まではそう遠くない。充分に待てる時間だ。

「悪いわ。先に帰って。また明日」

先輩は私に背を向けて駆け足で戻っていく。その背に別れの挨拶を告げて、私は雨の中を歩き出す。

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