魂のプログラム 26
「さあね。あんたたちには理解できない何かよ」
そう言ってみるもあたしが一番に理解できていなかった。
光弥の言う通り、白鋏が空間をも切って、越えてしまえるのならカンダタを見捨ててさっさと現世に帰ればよかった。それをしなかった理由を考えてみたけれど、カンダタに仲間意識やましてや恋愛対象だなんてものはない。きっと、それ以外の名前のない感情にあたしは突き動かされていた。
「まぁ、いいさ。もう知れることはないだろうしね」
光弥がそう言うと今まで固い感触をしていた床が泥沼の感触に変わって、あたしは底なし沼に沈むようにして再び暗闇の中に落ちていく。
目を覚ますとあたしは汚い部屋の床に寝ていた。部屋にこびりついたスナック菓子の臭い。光弥の作業室に戻ってきたみたいね。いや、眠らせていただけ?
身体を起こして周囲を確認すると、光弥はいなくなっていた。カンダタはすぐそこにいたけれど、変わらずに電池の抜かれたロボットみたいに眠っていた。
あたしがどのぐらい寝ていたかはわからないけれど、いい加減に起きて欲しいものね。
カンダタと対峙して、この後のことを考える。叩いても起きなかったし、あたしじゃカンダタを持って運ぶのは無理。ハクにお願いしてみようかしら。
「君の言う通りだ」
あれこれと考えているとカンダタから声がした。彼は起きていた。なのに、動きもせずにただそこに力なく座っている。
無気力な人形が無気力なまま喋る。
「仏もいなかった。誰かの幻を信じて作られた使命感で俺のものはなくなっていた。死んだときに失っていたんだ。何もなかったんだ」
あたしはカンダタの言い分を黙って聞く。
「何しに来たんだ。憐れみにきたのか、笑いに来たのか。俺の不幸は甘いか?」
呆れた。光弥と同じことを聞くのね。でもあいつと違うのは、カンダタは自分自身を探している。それを見つけられなくて、嘆いてあたしに問う。
だとしても、あたしはカンダタの探し物は持っていないし、求めている答えは返さない。
「あんたの不幸自慢に耳は貸さないわよ。そういう話ほどつまらないものはないんだから。ねぇ、あんたが空っぽの魂なら喋るわけ?落ち込むわけ?何もない人間って言うのは墓に埋められても文句ひとつ言わないわよ。さすがに抵抗するでしょ?」
「手足を縛られていなければね」
「なら、できるわね。縛ってるものはないもの。カンダタって文句ばかりで何もしないのね」
無気力だった人形が弱く微笑む。人形にはない疲れた笑みだった。
「まさかとは思うけど励ましてるのか?」
「そう聞こえるならもう一度プラグを刺してもらった方が良いわね。おかしい部分を治してもらいなさいよ」
あたしは指先で自身のこめかみをトントンと叩いて笑い返す。カンダタの弱々しい笑みに苦さが混じってほんの少しだけ気力が戻る。
「不幸者の愚痴を聞く暇はないわよ。あんたを迎えにきて無駄に時間を消費したんだから」
「驚いたな。瑠璃は誰かを助けるような人じゃないだろ」
「あたしが一番驚いてるわよ。食物とお金以外は持たないと決めたのにね」
ようやく、カンダタが顔をあげた。死んでいるくせに生き生きとした赤い瞳。あたしとは正反対の瞳。
あたしは手を差し出して言う。
「助けてやるんだから文句はなしよ」
「場所による」
そう言って差し出された手を握り返した。
あたしは現世にある自身の身体を思い浮かべる。今頃、ベッドの上で寝ているあたし。誰かが待っているわけでもないのに無性に恋しくなった。
白鋏で空間を裂いて現世を繋ぐ。
さあ、帰ろう。
2人は同時に光へと飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます