魂のプログラム 27
まるで夢に飛び込んだような感覚。
光の中に落ちたかと思ったけれど、これは川に流されている感覚に似ている。意識が流れのままに漂う感覚。
そうか、あたし、寝ているんだ。
その体感を認識すると色んな情報が脳に入ってくる。
不慣れなベッドと布団。薬品の臭い、雨が窓を叩く音。頭に何か巻かれている。
瞼を上げるとあたしは病院のベッドで横たわっていた。
そういえば、階段から落ちたのよね。どのぐらい寝ていたのかしら。何日も経っている気がする。それとも、長い夢を見ていただけ?
そう思うとそんな気がしてきた。
普通に考えて有り得ないわね。地獄とか鬼とか。存在するわけがない。
時間を知ろうと隣にある引き出しに手を伸ばす。スマホか時計はあるかしら?
ナースを呼ぶことも考えたけれど、まずは日時を知りたい。
「よく寝れたか?」
あたししかいない個室にあたしじゃない誰かの声が聞こえた。
誰かだなんて考えなくてもわかるわね。
左隣を向いてみれば黒い着物の男と白い鬼。
そうよね。あんな生々しいものが、あんなリアルな感触が夢であるはずがないもの。
これから起こる事件もこれから出会う人たちもあたしはまだ知らない。でも、これだけはわかる。
ここから始まりなんだ。厄災か吉兆かの区別はつかないけれど、この予感の原因はカンダタにあった。
だから、彼を助けたのを少しだけ後悔した。
あたしはそれを含めて苦く笑う。
白糸・白鋏がひとつの囚人を連れて逃げたという案件はさほど問題視されなかった。なぜなら、現世ならば見つけるのは簡単だからだ。
それでも、弥の機嫌が悪いのはあの囚人が処分されなかったからだろう。
「申し訳ございませんでした」
そもそもの起因は天鳥にあった。責任を重くみた彼女は神経質な白い部屋で深々と頭を下げる。対して弥は「もういい」と片手を上げる。
「現世で回収すればいいだけの話だ。準備を整えておくように」
それを聞いた光弥はすぐに会話に割り込む。
「なら、俺に行かせくれよ。現世には行ったことがないんだ」
「遊びに行くんじゃないんだぞ」
「社会見学さ。回収だけだし、問題もないだろ?」
しばらく考えた弥は溜め息を吐く。
「いいだろう。あとで指示を出すから、お前はもう行け」
期待した回答を得られた光弥は満足げに笑うと父の作業場から出ようとした。
「ああ、そうだ。一つだけいいか?」
思い出したかのように光弥を引き留める。
「あの囚人を逃がしたのはお前じゃないだろうな?」
「まさか。見張りが油断して逃げたんだよ。見張りにはあとで叱っとくよ。もしかして、俺がわざと逃がしたって考えてる?」
悲しむように顔を歪ませて、父に疑われた痛みを声に混ぜた。
「違うならいい。もう行け」
父に言われたとおり、作業場から出ると自身の作業場へと戻る。
「よろしいのですか?」
「平気だろう。そろそろあいつにも現世を知るべきだろう」
「はあ」
「なんだ。まだ何か言いたそうだな」
「いえ、厚かましのですが、なぜ白糸・白鋏にプログラムを施さなかったのかと」
上司の弥を責めているわけではないのだが、物理法則さえも越えてしまう白糸と白鋏は瞬間移動といった能力が覚醒する可能性があった。
だからこそ、回収したその直後にプログラミングをすべきだったのだ。しかし、弥はそれをしなかった。
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