魂のプログラム 8

 そのままハクの存在を話そうかと思ったけれど、やめた。こいつに全てを話す必要もない。

 「小さい頃、そんな友人がいたのよ。普通じゃないでしょ」

 「幼子なら、よくある話だ。大丈夫だよ」

 弥は微笑んで返す。その笑顔に探るような目線はなかった。

 「少し休もうか。君も疲れただろう。私も柄にもなく喋りすぎた」

 次に弥が連れてきたのは休憩室で、観葉植物やテーブルがあった。けれど、人の姿はない。今は勤務時間帯らしい。

 あたしにはまだ解消されていない疑問があった。

 弥はあたしの魂を保管していたと話していた。なのに、あたしが現世で生きている。つまり、保管していたはずなのに輪廻に洗われて転生したってことよね。

 なにがどうなって転生したのかはどうでもいい。知っておかなくてはならないのは、脱走して戻って来た危険物のその後だ。このまま保管されてもおかしくない。

 弥はあたしの為に麦茶を淹れてくれた。彼は向かいに座ると喋り疲れた喉を潤す。呑気なハクは自分の分はないのかと弥に強請ったり、あたしにせがんだりする。

 今は応えるつもりはなかった。弥についてしまった嘘がばれてしまうからだ。

 「瑠璃が私を信用できないのは無理もない。何も知らない土地で色々と言ってくる男を警戒するのは当然だ。しかし、現世には返すつもりだ」

 「信用できないわね」

 「瑠璃の言う通りだ。けれど、信頼するほかないよ。ハザマは大池しかなし、人はここの寝殿にしか集まらない。瑠璃が現世で帰る術は私たちしか持っていないんだ」

 「あたしは禁忌なんでしょ。いいの?人食い熊を里に出すようなものじゃない?」

 「君が生まれて16年。天地がひっくり返ることはなかったんだ。私は安全だと判断するよ」

 「保管が手っ取り早いんじゃない?」

 「私は自身の利益のために白糸と白鋏を生み出し、そしてその身勝手で2人を殺した。もう外道のような行為はしない。神に誓ってもいい」

 神はあなたじゃなかった?

 手の平にある白糸を指で遊びながら考える。

現状は単純なものじゃない。弥は紳士的な対応だった。でも、彼にも「ずれ」がある。彼があたしを帰すつもりがあるのか。弥の説明に嘘や矛盾といったものは見つけられなかった。不都合なものは言わなかっただけかもしれない。

「あの囚人に会わせて」

誰も信用できない状況の中、頭が狂っていても味方だと確信できる人と合流したかった。

 「すまないが、それはできない。ルールなんだ。あれとは対面でさえ許されない」

 「あたしは第4であいつと会って、歩いて話もした。今更ルールが何よ」

 「ここは地獄じゃない」

 「あたしには変わりないわよ」

 「悪いがなんと言われようともルールはルールだ」

 あたしの愚痴に呆れたのか弥は溜め息をひとつ混ぜて立ち上がる。

 「一気にいろんなことを知って頭もついていけないだろう。ひと休みするといい。あの離れでゆっくり休みなさい。天鳥を付き添いにやろう」

 疲れと呆れを見せたのは一瞬だけだった。弥は優しく笑うけれど、それは嘘に塗れた作り物の仮面だった。仮面の裏側にあるものが推測できない。腹黒いものなのか先を見据えた計画なのか。それをあたしに言わないのは不都合になるのか。

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