空の穴 10
連絡通路は使えないわね。どうしましょうか。
悩んでいると単純なことを思いつく。棟は校庭を囲うように建っている。つまり、廊下や連絡通路を渡らなくても校庭を横断すれば向かいの西棟に行ける。あたしも大概の馬鹿ね。
早速、窓を開けてよじ登ると校内へと出る。
西棟の窓は鍵がかけられていて外からは入れそうになかった。あ、でもこれも解決できそう。
あたしはポケットから白鋏をとるとガラスを越えて止め具に刃を挟める。切りたいものを切ってくれるなら、窓の止め具も簡単に壊せる。
手応えもなく、止め具は落ちて、窓は開かれる。これなら泥棒も簡単ね。
保健室にも鍵がかけられていて、同じ要領で鍵を壊す。容易に保健室へと侵入すると薬品棚へと物色を始める。
整理し、陳列されたお陰ですぐに欲しいものが見つかった。白と青の痛み止めの薬。あとは飲み水があればいいのだけれど。
喉につっかえずに胃まで届けば水はいらない。でも、カンダタは時代遅れの人間で固形剤も知らないかもしれない。それにあんな状態なのに水なしで固形剤を飲ませるにも無理がありそう。
地獄で見かけた液体は血沼しかない。あたしの憶測ではあれは鬼の血じゃないかと考えているけれど、それを人に飲ませるほどあたしは外道じゃない。
水の代用になるものはないかと探しみてみる。服薬ゼリーがあればいいのよね。でも、あれは子供や老人のためのものだし、高校にはさすがにないわね。
液体かゼリー状のものか、あるかしら。これは、エタノール?
探して唯一見つけたのは消毒用スプレー。半透明の器には液体が入っている。
一応、液体ね。いいや、駄目。海外の記事で消毒液を飲んで健康被害が出たと読んだことがある。あたしの浅はかな知識で判 断できるものじゃない。もっとほかにないの。
探すのに夢中になっていたあたしは室内の陰が広がり、濃くなっているのに気付かなかった。気付いた時には遅かった。
「そんなものじゃ治らないよ。彼はすでに死んでいるのだからね」
聞き覚えのある声。あたしは防衛本能を働かせた。そして、それは脳内で驚きへと繋げる。身構えようとして振った腕は薬品や箱などにぶつかって床に撒き散らす。
影が濃くなった保健室の中で黒い蝶が無数に飛ぶ。
あいつだ。蝶男だ。
静かに混乱した頭を整理する。
「またあなた?あたしのストーカーなの?」
影の中に隠れた男は含み笑いをして答える。
「惚れているわけじゃない。危害を加えるつもりもない。信用してほしいんだ。それに、あのアドバイスは役に立っただろう」
「ええ、ほんと。最悪な気分だったわ」
こんな男を信用するなら盲信しているカンダタがマシね。
「僕は君を助けたいんだ。どうやったら信じてもらえるんだい?」
「だったら、空の穴の行き方を教えて。それから消えて。これ以上の助けはないわよ」
敵意を剥き出して放った言葉にも蝶男は笑う。
「それはもうじき解決する。時を待てばいいのさ。それよりもあの男だ」
あの男?カンダタのこと?
「気を付けるといい」
蝶男はあたしの疑問を置いたまま続ける。
「あれは鬼に近くなっているからね」
助言でもなんでもない。不安を扇ぐだけの比喩。
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