空の穴 9
あたしは校内を見渡す。空の穴の光で明るくなっている校内は向こうの行き止まりまではっきりと見える。鬼がいたとしても陰からは出ない。カンダタを一人にしてもあたしが一人で行動しても問題はなさそうね。
「これから保健室に言って頭痛薬を持ってくるから大人しくしてなさいよ。そんな状況じゃ大人しくするしかないだろうけど」
「ほけん?」
「最悪な気分を和らげる所よ。まともに喋れないのなら聞かないで」
「手厳しい、な」
眠りそうな言葉はそれ以上続かなかった。彼は死人のような寝顔をしている。もう死んでるけど。
「ちょっと、寝たの?」
「おき、てる」
寝言のような返答ね。大丈夫なのかしら。
「ハク、見張ってて頂戴。あたしは向かいの棟の一階、3番目の部屋にいるから。いい?こいつが目覚めた場所に戻ったり、変化があきたらすぐに知らせて。わかった?」
あたしから頼みごとをされるのは嬉しいみたいで巨体のハクはチワワに似た笑顔で頷く。
やっぱり心配ね。こいつ、言葉を理解していない時あるから。でも、ハクしかいないからハクに頼むしかない。
あたしがハクに見張りを頼んだのはカンダタが眠ってしまうのが心配というわけじゃなかった。カンダタに対して不確定な不安要素があったから。
狂乱する前、症状は違うけれど、こんな感じに気分が悪そうだった。
原因があそこにいた蝶だとしたらただの杞憂になる。でもあたしは地下にいても平気だった。
実際に狂乱して記憶がなくなったとしても、自傷の後はなかった。狂乱の原因が他にあるとしたらいつ発狂するかもわからないし、あたしが無事である保証もない。
そこを明確にしないとカンダタを信用できない。
「頼んだわよ」
ハクに釘を刺して保健室へと脚を向ける。
それと同時に微かにカンダタが呟く。小さな、発音も覚束ない言葉で2文字しか聞き取れなかった。「へ」と「た」だ。
頭痛にうなされた男の呟きだと判断してあたしはその場を離れる。
あとにして思えばその言葉に耳をすまして聞くべきだった。それが彼の内に隠された呪いが現れる前兆だったのだから。
学校は5つの棟がある。東棟、西棟、北棟、少し離れた場所に部活棟。そして体育館。
あたしたちが入った表面玄関は東棟にあたり、保健室は西棟になる。そこに行くには連絡通路を渡って北棟を通り過ぎて行くしかない。空の穴は学校の真上から強い光が校庭に注がれて、校内の廊下に零れて昼間の明るさにしてくれていた。
廊下を歩くには問題はない。障害となるのは連絡通路よね。あそこには窓がない。
普段なら電光が点いているから通るには支障はない。でも、地獄に電気があるはずもなく、連絡通路は濃い陰で埋められている。
あたしは連絡通路の引き戸を前にしてのぞき窓から様子を見る。連絡通路は闇そのものでそこに生物はいるのかさえも判断できない。
ドアの鍵は閉まっているのかしら。もし、鬼がそこにいたら厄介よね。必ずしも光の下に出ないわけでもないだろうし。
試しにドアを開けようとするも鍵の閂がガチャリと音を響かせて開口を阻止する。
ひとまず、安心ね。
小さく心を撫で下ろした刹那、闇の静寂から巨体が戸に突進して大きく引き戸を揺らす。
飛び跳ねた心臓は強く脈を打ち、慄くあたしを覗き窓から鬼の目が合う。けれど、その鬼も外に出ようとはしない。あたしを物欲しそうに見つめるとやがて闇の中へと戻ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます