空の穴 6

 目印である線路の橋に近づくと見覚えのある風景へと変わっていき、迷子にはならなくなった。その代り、別の戸惑いがあたしの前を泳いで行った。


 カンダタが言っていた魚は鯉だった。長さ60cmの立派な鯉。ただ、良く知る紅白の柄ではなく、金銀の煌めく鱗を持った美しい鯉だった。無機質な動くロボットみたいなぎこちなさはなく、滑らかに胴をくねらせてゆっくりと翻る。

 遠目から見ていたはずのカンダタもその鯉に絶句して金銀の鯉を唖然として見惚れる。


 鯉は一匹だけではなかった。青い宝石の鯉、赤い宝石の鯉、水晶の陶器で透き通った鯉、それら3色が揃った鯉もいれば、白貝みたいになめらかな鯉もいた。多種多様の鯉が尾びれを優雅に揺らして悠々とした態度で泳ぐ。


 「天国が近いのね」


 ぼそりと呟いた。目的地とはいえ、物騒な台詞に乾いた笑みが浮かぶ。

 天国には行きたいとも思わなかった。そこに行きたがるのは死にたがりの奴らだけで、少なくともあたしは天国を望んでいない。


 「神様に近くなった感想はどう?」


 カンダタは笑っているのか悲しんでいるのか。読み取れない表情で少しだけ気怠そうに笑った。








 その吉報が届いてすぐに親父のもとへと向かった。

 西対から寝殿までかかる橋から一望できる池は黄金の蓮がほどよく散りばめられた絶景のポイントで、光弥は付き橋の上で飯を食ったり昼寝をしたりと、そこの屋根は仕事を怠業するのに適した場所だ。


 だが、怠け癖のある光弥でも今回の事案を投げてしまうわけにはいかなかった。


 「親父!」


 部下たちに囲まれた父を呼ぶ。父は忙しく対応中でその間に無理矢理割り込んだ光弥はディスプレイが光るタブレットを差し出す。


 「見つかった!」


 その一言で先程の無礼を父は許した。いや、それ自体忘れてしまった。光弥のタブレットを受け取り、映る画像を確認する。


 「監視鯉に映っていたんだ。囚人と一緒に行動している」

 「この囚人は?」


 黒い単衣の男を差して尋ねる。その質問は光弥の口を重たくさせた。彼女が見つかったのは吉報だった。しかし、不明瞭な事案も生まれた。


 「わからない」

 「どういうことだ?」


 沈黙の後の回答に父は困惑の色を見せた。

 地獄に送る囚人は享年や罪状、性格等をこちらで記録して刑期が終わるまで保存するのが規則だ。記録時は2人一組で行い、その後に監査があるので取りこぼしはない。


 なのに、黒い単衣の男の記録がどこのファイルデータにもない。恰好から推測するに百年ぐらいは第4に留まっていたのだろう。

それもまた矛盾点だ。第4は主に自殺者を送る所だ。罪状にもよるが、まず百年を超えるような刑期にはならない。

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