空の穴 4

 そんな面倒事、わざわざ付き合う義理もない。あたしは正しい道を探すのに忙しい。だから、無理にでも会話を止めたくて話を切りあげようとした。そこであたしの脚は止まった。

 口も脚も止まったあたしにカンダタとハクは怪訝に思い、あたしの表情を伺う。

 あたしの停止は単純なものだった、住宅が並ぶ細い道、L字の角に立つミラー。これを見たのは二度目になる。つまり、迷ってしまった。

 「あんたがしつこいから迷ったじゃない」

 「全部が俺のせいじゃない。俺が質問しなくても、迷っていた」

 「なら、無駄話しないで手伝って」

 「手伝うって?」

 あたしは身近な住宅を目線で示して、カンダタはその先が住宅の屋根だと理解する。

 「登れ、と」

 「近くなのは確かよ。その道順を見つければいい。簡単でしょ?」

 「そうだ、な。自分じゃできないものを思いつく」

 「あんたにはない発想力でしょ」

 あたしが示した住宅は白い壁と赤い煉瓦の三角屋根の可愛らしい家だった。でも、白雲の色をした外装も銀朱の煉瓦も変色、汚損だらけの廃れた家になっている。

 カンダタは玄関口に立つと跳ねて軒先に手をかける。2本の腕だけで軽々と自身の体重を持ち上げると2階の屋根まで30秒も経たずに登ってしまう。

容易で軽やかな身のこなしに珍しくも感心していた。

 「猿みたいな技巧ね。泥棒の名残り?」

 「想像に、任せる」

 それだけ言うと2階屋根の絶景とは程遠い荒れた街並みを一望して目印となるものを探す。

 「川と梯子の橋と」

 梯子の橋?あぁ線路のことね。

 川と線路なら見覚える。あたしが車窓で眺める日常風景ね。

 「どこの方向?」

 カンダタはひとつの方角を指差してその道順を簡素に伝える。あたしはできるだけ声を行こうと近づく。ベランダの窓の横に立つ。不器用な説明は簡素とは言い難く、彼の独特な言い回しを翻訳するのにそれなりの労力が伴った。

 「ミラー」を「渋柿色の棒立て」と言うし、「ガードレール」を「白いムカデ」と例える。そのせいであたしの脳と耳はカンダタの言葉に集中していた。

 そんな中でハクはあたしの邪魔をして、鼻先で背中を軽く押し付けたり、耳元で吠えたりと無視できないものになっていた。

 「何よ、構ってる時じゃないの。状況ぐらい把握して頂戴」

 しかし、ハクは唸り声をあげて、危機を知らせる。

 ハクの視線はベランダ窓の家内に向けられていた。そして、黒一面の窓に黄の目玉が二つ、光った。

 「鬼よ!」

 直接的で簡略されたSOSを叫ぶ。

 すぐに答えたカンダタは2階の屋根から跳んでベランダに着地を試みる。それと同時に鬼の腕はあたしに伸びていた。

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