空の穴 3

 カンダタは勢いよく屋根から跳ねて砂だらけの庭に着地する。


 「どのぐらい寝てた?」

 「さぁ、計りようがないから。長くは、寝ていない。もういいの、か」

 「覚めたわ。寝心地が最悪だもの」

 「なら、行こう。でもその前に、一つだけ」


 気まずく濁ったその口調は申し訳なく謝罪する。


 「これからも、協力し合わないといけない、先を考えると2人の間にしこり、があるといけない。だから、仲直りしよう。すまなかった」


 彼も彼なりに悩んでいたみたいね。だからと言って前言撤回されるわけじゃない。

 カンダタが放った言葉は彼が見た現実で、その現実を他者であるあたしには変えられない。それと、もう一つ。


 「勘違いしているようだから言っておくわ。仲直りは仲のいい者同士で治すものよ。あたしたちの間に壊れるものはないのに何を直そうって言うのよ」

 「今のは、傷ついた。よく、動く舌、だ」

 「あら、ごめんなさい。舌と一緒に生まれたものだから外しようがないの」

 「わかった。瑠璃とはもう、言い争わない。勝ち目ないから、な」

 「そう、ひとつ賢くなったら早く行きましょう。カンダタが好きな空の穴はすぐそこよ」


 カンダタは適当に返事をする。そこには不自然さがあった。

 永遠とも言えるような時の中で、ただそこだけを求めて、やっと間近にまで来たというのにカンダタの返事には中身がなかった。彼は戸惑っているみたいね。


 だからといって、気を遣う優しさは持ち合わせていない。

 2人は民家からその場を去る。目的地はすぐそこだ。


 見知った場所ではあるけれど、電車で通うあたしはこのあたりを歩く数は少ない。カンダタよりも土地勘が働くからあたしが先導しているけれど、世紀末のような背景はあたしを惑わすのには充分だった。ありがたいのは空の穴が天空に大きく居座っていて、目印を見失わずにいることね。

 空の穴は出発時の時と比べて大分近くなって、地獄に降る神の光は嫌になるほど眩しくなった。


 カンダタが言っていたわね。あそこには仏がいるって。

 神や仏を信仰したりしない。でも、確かにそう思えてくるほど、神々しく禍々しい。光の眩しさは人工物にしては太陽に近く、自然と例えるには温度がない。


 あたしたちはその真下に行くというのだから気が滅入りそう。

 カンダタも同じ心情のみたいで眉をひそめ、首は下向きになっていた。そう言った憂いを晴らしたいのかカンダタはまた会話を振ってくる。


 「寺じゃなくて学校よ」


 カンダタは現世に興味があるらしくあたしが空の穴は学校方面にあると伝えたら「学校」についてしつこく聞いてきた。そのせいか、彼の言葉は出会った時に比べて流暢になっていた。


 「学び舎、だろ?」

 「あんたが生きてた時代とは違うのよ。子供は学ぶのが義務になっているし、基礎知識は寺じゃなく学校で教わるの」

 「何を、学ぶんだ?」

 「色々よ。現国とか生物とか。学びきれない程、たくさんよ」

 「女も、通うのか」

 「そうよ。時代が変わると立場も変わるのよ。あんただってセクハラ発言で炎上するんだから」


 現代の専門用語に理解不能な言葉の並び。カンダタは自身の「わからない」部分を聞きだし、それをひとつひとつあたしに聞く。

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