空の穴 2
それは無意識から吹く拒絶の風だった。記憶が消えてしまったのは彼自身が強く風を吹かせたからだ。身体が震えてしまいそうなほど恐ろしい記憶だ。自分自身への探査はそれ以上できなかった。
瑠璃が指した事実。闇から解き放たれそうな事実が地下の悪臭よりも忌諱してしまう。
知ってはいけない。思い出してはいけない。
カンダタはその警告に従い、残された吐き気と砂利を抱えたまま肩を震わせた。
百貨店で入手したライトもそうだったけれど、地獄に存在するものは汚れて埃にまみれても新品同様であたしが寝ている塵芥のソファも横になってしまえば雲の上のようなスポンジと質のいい皮布で寝心地がよかった。
眠ってからどのぐらい時間が経ったのかしら。起きるのも怠く、呆けた頭で様々なことを巡らす。
充分なほどに睡眠はとれたからそれなりに時間は経ったはず。その間にもカンダタは一睡もしていで見張っているみたいね。
あれからカンダタは何もなく、何も言わない。
狂っていないと言い張ってもカンダタの口調には自信というものがない。当然よね。記憶のない自分に信頼なんて生まれない。
時間も忘れてしまう程地獄と孤独をすごしていたのだから気が狂ってしまうものかもしれない。惨めな奴。
君は、どうなんだ。
カンダタに言われた言葉が復唱する。言葉は鏡となってあたしを映す。
自分は正常か?
うるさいな。あたしはまともよ。学校でも通学でも。まともなのはあたしだけよ。
こんなこと考えていないで二度寝しよう。
ソファの上で寝返って睡魔の訪れを待ってみても、来てほしい時に来てくれない。もう起きてしまおうか。
カンダタと顔を合わせたくないけど無意味に寝返りを繰り返しても無駄に時間を潰すだけね。
気だるげに身体を起こす。目覚めの一番、陽気でカラ元気な挨拶をしたのはハクだった。ハクには「憂鬱」なんてものは無縁なんでしょうね。顔をしかめて睨んでもまた耳障りな声でひと鳴く。
そもそも、こいつがいなければあたしが異常者扱いされることもなかった。文句の一つや二つ、三つを付け足しても言い足りない。
多くの罵詈雑言を堪えて、服についた埃を払う。あたしが眠るまえ、カンダタは縁側にいたはず。
縁側に立って庭や廊下を見渡す。どこにもいない。2階かしら。
「よく寝れたか?」
カンダタの声は上の屋根から聞こえた。
「何してんの?」
1階の屋根に腰掛けていたカンダタは軒先から両足を垂らして、宙に振っている。
「見晴らしがいいんだ。見張るのに、いい」
また奇行かと思ったけれど、正当な理由があったみたいね。
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