ずれ 5
変わった商品を取り扱う雑貨店に入る。あたしはライトを探していた。
目は暗さに慣れて来たけど不便であることに変わりはない。ハクは夜目なのか暗闇でも平気そうね。
怪我を負ったカンダタはぬいぐるみ売場に置いてきた。流血のせいでもあるけれど、感じていなかった疲労がやっときたみたいで、店の片隅で丸まる彼は静寂の中で睡魔と闘っている。
そんな奴を鬼がはびこるビルで一人してしまうのは不安があった。でも、あの鬼同士の闘争以降、鬼は現れていない。どうやらこのフロアにはいないみたいね。
あたしは物が陳列されている商品棚を物色する。
荒廃が広がって何もかもが崩れているのに商品は埃を被っているだけでパッケージの中身は新品と同様だった。
中途半端に残った人類の文化に皮肉のある賛美でも送りたいところだけど、今は素直に喜ぶことにする。欲しいものがあれば話だけど。
目当てのものは見つかった。やっぱりこの店は変わったものが多い。木製のライトなんてなかなか売っていないもの。あとは電気がつけば万々歳ね。
箱から商品を取り出してスイッチを入れる。ライトは付かなかった。それでは困ると2、3回ライトを叩く。すると光は点滅して消えた。もう一度強く叩いてみると同じように光が点滅するも今度は安定して、点滅したり急に消えたりしなくなった。
よし、ライトは手に入れた。早くカンダタの所に戻ろう。あの様子じゃすぐ寝てしまいそうだわ。
踵を返して店から出ようとするもあたしの脚はピタリと止まって身構える。
今、あの棚の隅で何かが動いた。
物が重なり詰められた静寂の店内にあたし以外の人はいない。だから、何かが動くなんて有り得ない。あたし以外に何かいるんだわ。
あたしたちは店の奥まで入り、商品棚に囲まれた位置に立っていた。何かがいるであろう向かいの棚にライトを向ける。
ライトが映すのは人か鬼か。身構えていたのに照らしたのは一羽の黒い蝶だった。
「何よ。脅かさないでよ」
警戒を解いて間抜けにも胸を撫で下ろす。
この蝶、もしかして。
不確かな疑心を浮かべているとハクから怒りが籠った唸り声を出す。蝶を見るとこんな感じなるのよね。なんでかしら。
「虫が嫌いなの?まぁ、あんなのひらひらするだけで可愛くもないわね」
「なら、どういったものがお好みで?ハート柄とか」
男性の優しげな声は向かいの棚からやってきて再びあたしは身構える。
一羽の蝶は誘われるように飛んでいくと棚の陰から手の平が伸びて、蝶は細い指に止まった。
駅の時でもそうだった。こいつははっきりと姿を見せない。
「あんた、何なの?地獄の住人?それとも神様の使い?」
「どちらでもないかな。例えるなら旅行者だ」
男の声色は優しく甘い。でも、その口調はあたしを茶化して見下していた。そこが気に食わなかった。
「大した人ね。あたしたちの行動を観て楽しんでいたの?鬼に食われてしまえばいいのに」
「ひどい言いがかりだ。これでも、君を助けてあげたのに」
どういうことか聞こうした途端、脳裏に浮かぶあの光景。鬼と鬼が殺し合う、不可解な出来事。
「あれ、あなたの仕業?」
「お陰で君は無事だろ」
彼の正体は見当もつかない。鬼を従えているのならカンダタと同じ囚人ではなさそうね。だとしたら、鬼の番人?それとも空の穴にいる神?
どちらにしても、あたしが嫌う類ものね。
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