ずれ 4
逃げ場がないように思えたけれど、ハクがひと声鳴く。影が深く構内なのに、白い姿がはっきりと捉えられた。
ついて来い、と言わんばかりに鳴いて、エスカレーターを駆けあがる。こんな状況では選択肢もない。あたしは迷わずにハクを追う。カンダタからしてみればあたしが一人先走ったようにしか見えていなかった。
あたしが動き出すと陰に潜んでいた鬼たちが一斉に走り出した。通路にいた鬼、店内にいた鬼。そこらじゅうに待機していたアリたちが角砂糖を前にして群がり始める。
いたる所から金切り声の合唱があたしたちを囲む。刺々しく痛々しい合唱のわずかな合間を駆け上がる。
エスカレーターを昇る鬼たちは少なかった。そのほとんどは壁を伝ったり、柱から2階へと跳び移ったり、道じゃない道を通って来る。
一緒に走っていたカンダタは半ば諦めていた。8mほどの距離を軽々跳び越える脚と半月も歩き続ける体力。あたしよりも速く走れるはずなのにあたしと肩を並べて走っていた。
これを諦めたと言わないでなんだというのよ。
「カンダタ!」
ふざけないでよ。あたしだって必死になって走ってんのよ。勝手に諦めないでよ。
怒鳴ってもこの絶望を打開できないけれど、激昂せずにはいられなかった。
段々と増えていく鬼たちに絶望の重さは増していく。そこに追い打ちをかけてきたのは前方の鬼、5体ぐらいがそこに鎮座していた。
活路を見出していたハクもそれには立ち止まるしかなかった。百貨店の2階、婦人服売り場にて1度目の死が迫っていた。
後ろから迫っていた1体の鬼があたしに追いついて鋭い鉤爪が降り下がる。
それを止めたのはカンダタのバールだった。腕を伸ばしたカンダタが持っていたバールで鉤爪を受け止めた。けれど、鬼との力は歴然でバールは簡単に弾かれ、回転しながら床を滑って行く。
鬼の標的はあたしからカンダタに移されて大きな顎と牙はカンダタの脇腹を噛みつく。カンダタはそこから逃げようとするも牙は腹に食い込んで簡単には抜けない。
その牙が自ら離れていったのは前方にいたはずの鬼たちがカンダタに集まるアリに噛みついたからだ。鬼が鬼に噛みついていた。
その光景に出合うのはあたしもカンダタも初めてだった。鬼と鬼との戦闘。どうしてそうなったのかはわからない。でも逃げるのなら今が好機だ。
「カンダタ!立って!」
また怒鳴ったあたしはカンダタの襟を引っ張るように立ち上がる。怪我を負ってしまっても逃げられる。そうでないと困る。
「走って!」
もう一度怒鳴って、カンダタはやっと走った。彼の諦めは血と一緒に流されて、醜い執着心が姿を現した。
鬼たちの喧騒から隠れるようにあたしたちは影の中へと走った。
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