邂逅するまで 12

 闇から浮かんだ人影を中心に黒い蝶たちが集い、肩や頭に止まったり、飛んでいたりする。


 「待っていたよ」


 通路に響いたのは男のものだった。


 「こっちへおいで。話をしよう」

 「誰なの?」

 「蝶男さ」


 それ以上の答えはなかった。代わりに蝶男は手を広げてあたしが来るのを期待する。


 躊躇いがあった。でも、このよくわからない状況の説明が欲しかったあたしは少しだけ陰へ脚を踏み入れる。蝶男へ近寄ろうとした。

 突然、耳を劈く金切り声が通路の奥から飛んで来た。蝶男の両肩ごしに白く煌めいた鉤爪はハクのものだった。ハクは背後から蝶男を襲おうとして手や口を広げる。


 ハクが捕えようとすると謎の人影はいくつもの蝶となって粉々に散り、通路の奥へと消えていく。飛んで行く蝶を一匹でも捕まえようとハクは手を伸ばし、牙で宙を噛むけれど、どの蝶もハクは見えず、白い身体をすり抜けていく。

 1羽も蝶がいなくなると獲物を逃したと悔やむ。


 「あたしのチキンを食べておいてまだ物足りないの?」


 なんのことやらと首を傾げたハク。

 あたしはひと呼吸置いて蝶男がいたところを見つめる。そこに蝶も男もいない。


 「なんなのよ」


 地獄にいるだけであたしの脳は処理しきれないのに、これ以上訳のわからない登場は辞めてほしい。頭がパンクしてしまう。


 休憩が欲しいわね。だからといって店の中に入るのは嫌。明るい場所がいい。そうだ、あそこがいいわね。


ホームのベンチを思い出したあたしはそこへ向かった。

 ベンチの埃を払うと腰を落とす。そこに広がる荒廃した風景を眺める。植物も生物も消えた世界。曇天を丸く空けた光は静かに世界を見下している。


 階段から落ちる前のあたしは誰もいない静寂を望んでいた。まさに、ここのようなあたしだけがいる世界。まぁ、全くないわけじゃないんだけど。

 それに、何か物足りない。あたしが望んだものなのに、なぜか虚しさがあった。

 そうか。ここには娯楽がないのね。まぁ、地獄だから当然か。


 人生を達観しているあたしでも一応、趣味はある。それができないのはあたしというアイデンティティがなくなってしまうような不安があった。だからといって現世に戻りたいかとなるとそれもまた渋ってしまう。

 不意にあたしの背中をハクが小突く。


 「そう言えば、あんたもいたわね」


 こいつがついてくる限り、あたしの理想郷は存在しない。

 ハクはあたしの心情も知らずに服の襟を加えて引っ張る。どこかへ連れて行かせようとしているのかしら。さっきは先立って置いて行ったくせに。

 あたしは休みたいのよ。いつでもあんたに付き合うと思わないでよ。

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