邂逅するまで 11
死んだのは一瞬のことで痛みもなかった。脳天から裂かれれば即死だろう。
いや、それよりもあの鬼だ。彼女はまだ駅にいるのだろうか。男を食った鬼は次に彼女を狙う。
焦燥が男を急かす。それとは逆にもう一人の、全てを達観する自分が囁く。
平気だろう。ここにいるということは彼女もまた罪人となって死んでしまったということだ。もう死んでいるのなら死ぬことはない。自分と同じだ。無意識に助けに行こうとしたが助ける義理もない。彼女は名も知らない他人なのだ。
それでいいのだろうか。死はなくとも見殺しにするのと変わりはない。そしたらまた下衆な男に戻ってしまう。
また?自分はいつ変わった?今も昔もかわらない下衆野郎だ。
なんだろう、この蟠りは。
正体不明の蟠りが男の中にあった。どこから生まれて来たのかは答えようがなかったが、その蟠りが訴えてくる。その思いに男は従った。
バールを手に入れて急いで駅へと向かう。
なんなのから。あの不審者。
ついさっき、会った男を思い出していた。何かと聞けば小さな呟きにもならい潜った声を出すだけでまともに喋りもしない。目も手も挙動不審でひどく戸惑っていた。あれがコミュ障というものかしら。
あたしは行く宛もなくただ店の一角を探索していた。
埃塗れのメニュー。鏡文字で綴られた商品名。この世界ではなぜか左右反対にされているのよね。
ふと思い至ったあたしは自身の胸ポケットから生徒手帳を取り出す。生徒手帳は通常の文字列で並んでいる。自身の所有物はこのルールに反映されていないみたいね。でも、あの男、襟が左前になっていた。着物は右前が常識よね。子どもの頃から達観していた世界けれど、案外わからないものもあるのね。
店を出て、どこに行こうかと考えてみる。取り敢えず、外にでも出てみましょうか。
ふらふらと歩いていたらふわりと黒い蝶がどこからどもなく横切る。あの蝶、階段から落ちた時にもいた。地獄にも蝶がいるようね。
あたしから離れては近づいては周りを旋回する。その動作をいくつか繰り返す。やっぱり、手招きされている気がする。
特に行きたい場所もないあたしは蝶の導きとやらに従うことにした。
黒い蝶はスッタフオンリーのドアを前にしてふわふわ飛ぶ。「この中へ」ということよね。
スタッフしか許されないドアの向こう。そこには光もなく、開かれたドアから通路の明かりが差し込む。
あたしは光を背にしてドア向こうの暗闇を見つめる。蝶は影の中へ誘うけれど、その先へ行く勇気はなかった。誰かいる。
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