邂逅するまで 6
階段で打ち所が悪ければ死ぬらしい。この体勢なら頭から着地するのは確かね。
焦りもなくて執着もなかった。ただあたしはなんとなくそんなことを考えていた。
屋根を叩く雨粒、肌につく水滴、流れていく人の目、段差。全てが遠ざかってあたしは落ちていく。下へ下へひたすらに落ちていく。
あれ?この階段、こんなに長かった?
自由落下が妙に長い。時間がゆっくり流れているからとかではない。
この駅の階段はこんな延々と伸びてはいなかったはず。
落下は続き、雨の夕方は夜へと近づく。いよいよ階段の全貌が明らからになって、駅のホームは夜の暗さに包まれる。すでにコンクリートに頭を打っていい頃なのに、あたしの身体はまだ落ち続けて駅の階段そのものが遠ざかって行く。そして訪れた暗闇は夜の暗さではないと悟る。
あたしが遠ざかって行くのは世界そのものだった。あたしは現代の世界から落ちて暗闇へと投げ出されていた。
背後から光が差す。焼けた臭いがする。
まさか、これも夢?
顔を下に向けてそこに広がる世界を見る。
いつも夢で見ていた世界が、地獄がそこにあった。
金色の蓮が咲く大池の真ん中に朱色の城が建っていた。様式は寝殿造りで
彼女は北対を繋ぐ回廊を駆け足で渡って奥へと入る。緊急事態であった。早く上司に知らせなければならない。
彼女の背には黒い翼があったが、急いでいてもこれは使い物にならない。小さくて飛べないのだ。
北対の奥へと行くと障子を開けて布団に丸まった上司を叩き起こす。
「
布団に入ったまま機嫌悪そうに答える。しかし、寝ている場合ではなかった。
「それどこではないんです、
天鳥の緊迫した声と「糸と鋏」のワード。弥の目は一瞬にして覚めた。身体を起こした弥に天鳥はタブレットを差し出す。片腕のない弥はタブレットを膝上に置いて画面を操作する。
ディスプレイには一通のメール。添付画像には長年探し続けていたものが映っていた。
「一人か?」
「結合型かと思われます。それよりも差出人が蝶男なんです」
まさか。半信半疑で上記のメールを確認してみると蝶男と記されている。これが示す人物はあの男しかいない。
「あいつ、どういうつもりだ。我々に情報を提供しても得はしないはず」
むしろ不利になる。
「回収はしたのか」
思考を巡らせながら天鳥の話を聞く。
「メールが来てすぐに部下を送りました。情報が事実だった場合、回収させるよう指示を出したのですが」
「失敗したのか」
「ついさっき報告がありました。情報で事実であったこと、そして糸と鋏が生きたまま地獄へ落ちたと」
「なんだと?」
「その時、黒蝶を目撃したそうです」
ますますわからない。あの男の思考が読めない。自分に不利になる情報を渡して、喉から手が出るほどの宝を地獄に落とす。それに何の意図がある?
「どこに落ちた?」
「第4です」
「厄介なところに落ちたな」
第4は同じ世界線を重ねて作ったものだ。人の数だけ世界が存在する。そのどこかに落ちたとしたら砂場から一粒の砂金を見つけ出すようなもの。
「
「そうか。あいつにはどこまで伝えた」
「糸と鋏が地獄に落ちた、と。蝶男のことは話していません」
「わかった。あいつには悟られるな。後々面倒だ」
「承知しております」
弥は仮眠室から出て、天鳥にあれこれと指示を出す。しかし、2人は知らなかった。
室内の片隅に物陰に隠れていた子狐型のアンドロイド。見た目がぬいぐるみのような可愛らしいロボットの耳は2人の会話を聞き取り、その音声情報は主人が装着したイヤホンに送られていた。
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