邂逅するまで 2


 軽くやったつもりなのに転んでしまったのを白い鬼は詫びるように頭を下げる。

 落ちた教科書を拾い、立ち上る。改めて、白い鬼と向き合うと転ばされた憤りを視線で送る。白い鬼はそれなりの罪悪感があるのか睨んだあたしにすごむ。

 ついさっきまで物に触れられなかったのに、あたしには突進できた。そんな矛盾点よりも転ばされたことへの憤りが勝る。

 「1日中、あんたの騒がしい動きは黙って耐えていたけれど許容範囲ってものがあるわ。小学にあがる子供だってもう少し弁えてるわよ。いい?あんたがあたしの幻覚ならあたしの邪魔はしないで。構って欲しいなら外の野良猫にでも話しかけてきなさいよ。まぁ、見えもしないし、喋れもできないだろうから、無理だろうけど」

 まだまだいいたいことはたくさんあったけれどチャイムが鳴った。

 「あーあ、あんたのせいで授業に遅れた」

 嫌味をたっぷりに含めて言い捨てて、あたしは駆け足で教室に向かう。白い鬼は反省しているのか耳を垂らして顔を俯かせる。それでもあたしから離れようとしなかった。

 ついてくるなといいたかったけれど、もう教室に着いてしまったし、大人しくなったから少しだけ妥協した。

 この時、あたしは後悔していた。ぶつかっても無視を強行すればよかったのに目を合わせて声をかけてしまった。これであちらはあたしが認識できると知ってしまったし、あたしは訳のわからないものに関わってしまったのだから。

 それからは大人しくあたしの視界にいてくれた。1日の半分が過ぎたあたりでやっとあたしの平穏が戻って来ても憂鬱な雨が強くなって、帰り道を濡らした。

 止まない雨の放課後、玄関口で靴箱のシューズを入れ替える。

 日直の仕事を終わらせた後だから下校する生徒は見当たらなくて、遠くの廊下から室内トレーニングする野球部の掛け合い声が聞こえてくる。

 遅くなったけれど本屋には寄れそう。でも、こんな雨の中寄り道はしたくなし。どうしようかしらね。

 「ねぇ、笹塚さん」

 これからの予定を悩んでいると3人のクラスメイトが近寄ってきた。

 昨日から続く苛立ちはまだ解消もされていない。そこに不気味な裁縫セットとうるさい幻覚、あとは連日続く雨。あたしの機嫌はこれまでにないほどに悪くなっていた。その上、苗字で呼ばれた。最高潮に達してしまいそうな怒りを抑える。

 「何か用?山崎さん」

 内にある怒りを隠して返答する。あたしを呼びとめたのは清音をいじめている本人、山崎とその取り巻き2人。

「いやね、案外優しい性格してるんだなーって。感心しちゃってさ」

 山崎は笑顔を作ってあたしに向ける。あたしは淡々とした口調に嫌味を乗せて答える。

 「あたしがそんな風にみえるんならあなたたちの目は腐っているのね」

 「そんなこと言っちゃってー。坂本にチクったのあんたでしょ」

 あぁ、昨日ことね。あれからまた坂本に注意されたのね。

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