邂逅するまで 1

 今日も昨日と同じ。地獄の夢、晴れない天気、朝食、電車に乗って学校へと通う。いつも変わらないのに授業に集中できず、考え込んでしまうのはあの裁縫ハサミと糸のせいね。

 あれから様々なことを試して、あたしなりにあれらが起こす事象をまとめてみた。


ハサミに関して

1.試した限り、切れないものはなかった。(服、アルミ缶、テーブルect…)あたしが「切りたい」思ったものを切ってしまうようだ。

2.川に投げても猫に縛ってもあたしの前に現れる。気味が悪い

あたしはこれを白鋏はくきょうと呼ぶことにした。


糸と針に関して

1.ハサミと同様、何度離しても戻ってくる。

2.糸と針を使えばなんでもくっついてしまう。包丁とヤカン、タオルとタンス。性質は関係ないようだ。このままでは不便なので白鋏で戻す。

3.白鋏で切ったのは糸と針で修復できた。テーブルが切断されたままでは食事ができないので糸と針で戻す。

 あたしはこれを白糸はくしと呼ぶことにした。


 そして、もう一つ、非科学的な事象がある。

 隣にいる白いそいつに目を向ける。

 白い鬼は物珍しそうに机を嗅いで触ろうとする。好奇心で伸ばした手は机をすり抜ける。物には触れられないようね。

 白い鬼はあたし以外に見える人はいない。そこに怪物がいるのに皆、平然と授業を受けている。


 地獄の夢ならまだよかった。こんなものが現実で見えてしまうなんて疲れるんだわ。しかも、昨日からあたしの後ろをついて来て離れようとしない。移動教室も帰路も入浴でさえ、あたしの傍にいる。


 変わっているのはそれだけじゃない。表情が豊かだった。恐れたり、喜んだり、いつも見る非常で冷酷な鬼とは別もののように思えてくる。

 白い鬼にとって、視界に映るもの全てが初めてのようで高校生がもつスマホやPC室の機材、配られるプリントでさえ、目を輝かせたり、驚いたりして騒がしい。そんな身振りを隣でされると授業にも集中できないのも当然だった。

 だからといって白い隣人を怒鳴る勇気はなかった。得体のしれないそいつと関わりを持ちたくない。


 5時限目の移動教室の際、あたしは必要な教科書類を持ち、廊下を歩く。

 白い鬼も当然のようについてくる。さっきまであたしの後ろについてきたのに今になってあたしの隣へと肩を並べて歩く。目線を合わせるために背を丸めて進む姿勢は歩きづらそうね。


 白い鬼はあたしの視界に入ろうとしていた。そういう動きをしている。あたしは目を合わせないように努めた。余所見をせず、真っ直ぐ前を見る。そこに怪物はいないと演技する。

 白い鬼はあたしに認識されようと跳ねてみたり、あたしの前を横切ったりとあたしの進行の邪魔をする。


 図体が多きため、目立つ行動をすれば目で追いたくなる。そういう強い衝動を抑えた。なかなか認識してくれないあたしに白い鬼は痺れを切らしたようで最終手段へとでる。

 あたしの横に戻った白い鬼は骨張った肩をあたしの肩へと軽くぶつける。

 こいつがそんなことまでするとは考えていなかった。するとしても、あたしには触れられないと考えていた。けれど、白い鬼の肩とあたしの肩は触れあって、おまけに力加減が下手くそだった。


 あたしが弾かれて床に倒れるには十分な力だった。

 障害物もないのに転んだあたしをクラスメイトたちがおかしな目を向けて通り過ぎていく。こんなの、あたしだって不本意よ。

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