彼の日常について 4
後頭部と背中に強い衝撃を受けて、男は目を覚ます。目覚めるのはいつも同じ場所だ。
一つの溜め息を吐いて起き上がる。傷はなくなっているはずなのにまだ背中の痛みが残っている。
背中をさすってさっきと同じバールを入手して外へと出る。14階のガラス張りのビルに入り、同じ道順を辿った。前の自分が死んだ非常階段まで着くと脚を止める。
そこにいた鬼はいなくなっていた。辺りを探してもそれらしい姿はない。男を追ったまま、どこかへ行ったのだろうか。しばらく、帰ってこないでほしいと願いながら、非常階段へと跳ぶ。今回は鉄棒も落とさず、身体も落とさなかった。
自分が落ちた屋上の縁に立ち、真下を見る。そこにあるはずの鬼と自身の死体がない。
地獄では「死」がない。男はすでに死んでいるのだから死にようがないのだ。この身体が行動不能、意識を失えば目覚めた場所に戻るようだった。その間に鬼の死体もこの世界が処理してくれるようだ。
何もなかったと、あの時あった無念も後悔もなかったものにされる。仏たちが速く次を見せろと催促する。
まぁ、いいさ。今更、文句ひとつも浮かばない。
次の建物へと移動する。跳ねて登って下って跳ねてを繰り返し、ビル街を上から通って行く。今回は難なく、ビル街を越えられた。次の難題は駅になる。
駅がどういうものなのか男は知らなかった。改札は風変わりな竹箱にしか見えず、線路は梯子が横倒しにされたものだと、的外れな憶測をしていた。
背の低いビルを降りて、西口から駅へと入る。
それなりに大きいこの駅にはいくつかの飲食店とコンビニがある。そこを通り抜けて改札を過ぎホームへと行くのだが、この駅にも鬼が潜んでいる。
駅が鬼の巣になっているわけでない。潜んでいるのはせいぜい1、2体ぐらいだ。普通に進めば出くわすことはほぼない。
構内は窓が少なく、あるとすれば、大通りの天窓ぐらいしか光は注がれない。陰に隠れる鬼は光に寄りつかないので、天窓が作る光道には入らない。しかし、獲物がいれば話は違ってくる。
確かに光には近寄らない。だが、奴らは常に飢えている。光に精神が消耗されていたとしても鬼は男を待ち構える。闇の中に精気を休ませながら待ち伏せをする。光道を選んでも影を選んでもどちらからに鬼がおり、どちらにもいない場合がある。つまりは賭けなのだ。
男は光道を選ぶ。陰の道は曲がっていたり、遠回りをしなくてはならないが光道ならば真っ直ぐ歩けばいいだけだ。
道が単純な分、音は響き、呼吸は大きくなる。
その静寂はほんの小さな唸り声も大きく反響させた。それは間違いなく鬼のものだった。すぐそこにいる。鬼が現れる前に男は近くにあった喫茶店の陰へと身を隠す。奥のテーブル下へと身体を潜らせて鬼の動向を見張る。
鬼は光道を歩いていたのが休もうと同じ喫茶店へと入った。カウンターが死角となってうまく見えないが、鬼が丸テーブルの隙間に身を置いて丸まる様子がわかる。
あのまま喫茶店を通り過ぎればよかったのに。すぐ近くの寝息に舌打ちをする。
いや、これは好機かもしれない。
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