彼女の日常について 11
普通、針はプラスチックを通さない。猿でもわかる常識。なのに、あたしの思考は、あたしのイメージは縫えるのだと信じて疑わない。始めからそれができると知っていたかのよう。
実際にイメージ通りに針はペンの柄をすり抜けて糸は2つに分かれたペンを縫う。
ペンの柄を一周してしまうと縫い目も切断した跡も綺麗になくなっていた。まるで切断だれた事実がなかったみたいだった。唯一、それがあったと証明したのはノートの上に雫となって落ちた黒い液体と少しだけ減ったインクの量。
あたしはペンを置いて起こった事象を整理しようとした。でも、どうやっても目の前の出来事を言葉にするのも難しく、それらを冷静に分析するのもできない。
なんでも切ってしまうハサミとくっつけてしまう糸。
何かがあたしをおかしくさせていた。
翌日になって同じ時間の同じ電車に乗って同じように学校へ向かう。昨日と違うのは例のハサミと糸があたしの傍にあることだ。
家に置いて来たのに気が付けば制服のポケットに入っている。これに関しては悩むのを止めた。気味は悪いけど離れなれないのなら仕方がない。これらが災いを呼ぶわけでもないし。多分だけど。
チャイムが鳴って朝のSHRを告げる。あれほどうるさかった教室は静かになって、やる気のない坂本が間延びした挨拶をしながら教室に入ってくる。猫背地味の坂本の後ろをくっついてきたのは夢でいたはずの白い鬼だった。
そうしてあたしの平静はジェンガのように崩れた。
あたしはあんぐりと口を開いて、その間抜けな顔で木の塔が倒れるさまを眺めていた。
2mほどの白い怪物が教室に入ってきたというのにクラスの生徒たちはいつも通りに坂本の話を聞いて、坂本もすぐ横にいる怪物に驚きもせず、見向きもしない。
あれが見えているのはあたしだけ?嘘でしょ?
夢で見たあの鬼がそのまま現実に現れた。
巨体で悍ましい形相、見た夢とそのまま同じ。
あたしがおかしくなった?夢と現実の区別がつかなくなった?
坂本が点呼をとっている間、白い鬼がキョロキョロと見渡して何かを探す。あたしが放心していると目が合って、白い鬼はこちらへと向かってくる。白い鬼は実体を持っていないようで並んだ机や椅子、生徒たちをすり抜けていく。
やっぱり、あたしの頭のネジが外れたんだ。
あたしの前まで来た白い鬼は満足げに鼻息を荒げて生温かい風が顔に吹く。
あたしの日常はここからおかしくなった。
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