彼女の日常について 9

 そう推測をたててみたけれど、白い鬼はあたしの背中を小突いてタンスへと押す。


 「わかったわよ」


 何度も小突かれればその意思は伝わる。こいつはタンスの中身を見せたいようね。


 ドアから歩いてタンスへと向かう。タンスは机の隣あり、老人の姿がはっきりとあたしの瞳に映される。その容貌にあたしは慄き、短く小さな悲鳴を上げた。

 老人は白骨化した遺体だった。左脚を失くしていて、背つきの椅子にもたれかかっている。

何十年も経っているみたいね。蜘蛛の巣が張ってあるもの。彼の声だと思っていたものは机に置かれたラジオからね。


 「ハサミを持って。糸は君が」


 ラジオから男性の声が届く。

 驚いたけれどひとまずその声に従ってタンスの引き戸をあける。中には黄ばんだ和紙の包みと赤錆色のハサミ。裁縫でよく使われている握るタイプの和バサミね。和紙の包みには何か固い球体が隠されているみたいだった。

 声はハサミと言っていから、こちらを持つ。


 「そのハサミは、けい、げん、にひ、つよ、べ、にの」


 ラジオの声が途切れ途切れになっていき、電車の音が遠くからやってきた。ラジオの声を聞いていなければならない気がしたけれど、そこの声は鉄の車輪の音でかき消される。


 何もない暗闇に放り出されて、電車の音が唐突に止まる。すると、車掌のアナウンスが流れて到着した駅名を知らせる。その駅名は終点の駅だった。

 慌てて起き上がり、電車を出る。着いた駅名を確認してまた絶望に暮れる。あたしはうたた寝をして寄るはずの駅を通り過ぎてしまっていた。時刻を確認してみても、スマホの時計は19時を指している。

 溜め息をついて反対ホームへと立つ。

 時間を割かれて得たのは奇妙な夢。最悪ね。本屋は諦めて明日によう。


 そうして、帰る頃には20時になっていた。掃除の時間も夕食もない。苛立ちながら鞄を投げて制服を脱ぐ。そうしてある違和感に気が付いた。

 ブラウスの左ポケット。何かある。ティッシュ、ハンカチは右に入れている。左に何か入れた覚えはない。


 ポケットに手を入れ正体不明の物体を取り出す。中には和バサミと針、糸があった。ハサミも針も真っ白で針に括りつけられた糸も白銀の輝きを放つ。

 白いハサミも白い針も純白そのものでそれどころか影すらない。刃ものっぺりとしていて模様がない。


どれも初めてみるもので、ポケットに入れた覚えがない。でも、白銀の糸は違った。これはあたしが夢で辿るあの白い糸だった。


 馬鹿馬鹿しいわね。夢の物が実現するなんて。

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