彼女の日常について 3
いよいよ、マンションの玄関口に立つ。小さな舌打ちが出る。
曇天から降る雨粒。天から降る神の恵み。死ねばいいのに。
雨は嫌いなのよ。湿気が多くてジメジメするし、靴が濡れて肌に纏わりつく靴下が気持ち悪い、あと傘をさすのもめんどくさい。それに、不幸、不運といった類の嫌なことを雨と一緒に運んでくる。あたしの嫌なことは必ず雨が降っている。だから、雨は嫌い。
悪態をついたあたしはビニール傘をさして水を跳ね返すアスファルトを歩く。
基本、あたしは電車通学だ。バスを使う時もあるけれど、バスより電車が自宅に近いのでそっちを利用している。自宅から駅まで徒歩5分、電車に揺られて3分、駅から学校まで徒歩10分。計18分の通学路を歩く。
駅が近くなると人が多くなってきた。他校の学生、サラリーマン、運転手を雨から守る車。どんなに人が多くても朝の活気はやってこない。昨日と同じものを食べて昨日と同じ道を通る。
テンプレされた日常に倦怠しても抜けられず、変えようともしない。そんな毎日に感情は鈍って意気揚々とした朝なんて現代に生まれてこない。
車通りが多い道路、車の川を掛ける横断歩道橋を越えれば駅は目の前になる。
歩道橋の足元にはいつもの花が雨に濡れて咲いている。雨にも負けずにアスファルトのわずかな切り目から芽生えた小さな花。花を愛でるおめでたい性格はしていないけれど、いつからか咲いていたかも知らないその花も日常風景の一枚となっていた。
そういえば、ひと昔前の曲にそんな歌詞があったわね。人の心の強さをアスファルトの花に例えた歌詞。
曲を思い出していると、強いと讃えられた小さな花はあたしの前で猫背のサラリーマンに踏まれて散った。
まぁ、世の中そんなものよね。結局、アスファルトに割いても花は花。踏めば散る。強かで美しいとは程遠い。
そんなものにあたしは期待しない。美しい幻想は現在に必要ないのなら期待したって無駄なのよ。
人波に流れて緑と銀のカードを改札にかざす。
通勤通学ラッシュの電車は人の寄せ集めで呼吸でさえ気疲れしてしまいようになる。
「この路線、また飛び込み自殺あったらしいよ」
「えぇ?また?異常じゃん」
すぐ後ろの他校生徒が明るく会話をしている。彼女たちからしてみれば、自殺ネタも談笑の一つに過ぎないようでこの前起こったという自殺にも笑う。
「なんかSNSで話題になってるらしいよ。死神が住む街だって」
「ウケる。死神も通勤してたりするのかな」
「満員電車に乗って?笑えてくるわ。もし乗ってたらさ、隣の席のあいつ殺してくれって頼んだらやってくれんのかな」
「ざんにーん。性格悪っ」
「だってさあ」
勝手に入ってくる彼女たちの会話を聞き流して目的の駅に着く。電車を降りて改札を抜ける。
そろそろ残高がなくなるはず。足しておかないと。あ、そういえば本屋にも寄らないと。
車窓の風景を眺めながら放課後の予定を考える。
駅の玄関入口付近でメガホン片手に喚いているのは新宗教の信者。あの人は朝方に必ず現れてはメガホンと宣伝旗で今日も元気に迷惑な布教活動が行われていた。
「犯罪者が免罪になって善良者が罰をうける!こんな社会に希望はあるのでしょうか!報われる日が来るのでしょうか!でも安心して下さい!信心があれば救われるのです!」
多くの人々が騒がしい信者の前を通る。誰一人、その人に脚は止めず、他者の言葉を信じない。あたしも同じように前を通る。
「悪人は地獄へ!善人は天国へ!さあ!祈りましょう!最後に神が手を差し伸べるのは信心を持った者たちなのです!さあ!共にいきましょう!」
昨日と同じ薄っぺらい内容。ロボットみたい。
雨音と聞く迷惑な雑音に密かに毒を吐きて駅を離れて行く。メガホンから響くあの台詞が脳内で谺してあたしを苛立たせた。
「信じる者は救われます!さあ!祈りましょう!共にいきましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます