彼女の日常について 2
ベッドからゆっくり起き上がり、まだ重い脚を引き摺るようにして歩く。
朝一番にするのは洗顔。冷たい水を顔に打ちつけてまだ眠っている脳を起こす。次にリビングのテレビをつけて、ニュース番組を部屋に流す。ニュースを聞きながら朝食の準備をする。食パン二枚、トースターにセットしてフライパンにベーコンと目玉焼きを焼く。
ニュースが流すのは偽りだらけの政治論と暴力的な国際問題、あとは他人事の不倫騒動。くだらないことばっかり。
そんなことを思っているとトースターからチンッと可愛い音をたてて、こんがり焼かれた食パンが飛び出る。熱々のパンに気を付けながらバターを塗る。ベーコンと目玉焼きが頃合いになったのでトーストと同じプレートに乗せた。
あと必要なのは野菜ジュースとトマト、そして叔母のマーマレード。朝食の定番メニューをテーブルに並べて朝食にする。
芳ばしくなったトーストにまろやかなバターが染み込んで、サクサクとした食感のパンをゆっくりとバターが柔らかくさせていく。3口ほどバタートーストを楽しんでから叔母のマーマレードをたっぷりと塗りたくる。
叔母自慢のマーマレードは甘いのにほろ苦い。余分なものはいれず、調味料は砂糖だけ。柑橘類のジャムは苦く、甘く、そしてほんのりと酸味が残る。どれかが欠けても多くてもこのマーマレードは完成しない。それぞれの味が役割を果たし、目立とうとしない。故に絶妙なバランスを保っている。
シンプルだけどシンプルだからこそ飽きることなく長年、朝食のテーブルにオレンジの瓶が置かれている。そのマーマレードとバター香るトースターの柔らかくなる寸前の食感、甘いのに苦い味、あとから香るオレンジの香り。
至福の朝食を味わいつつ、野菜ジュースで一息つく。ニュース番組が最近の自殺率が高くなったと報道している。
フォークで目玉焼きを刺しながらテレビに視線を送る。コメンテーターが自殺者に対して憤りの言葉を並べる。
きっと、この人は死にたいほど追いつめられたことはないんでしょうね。だから、簡単に怒れるし簡単に生きろと言える。
生きるのは難しい。不器用な奴から消えていく。自殺ほど単純なものはないんだから。そういえば、あの老人も自殺だっけ。
ベーコンを口に頬張って今朝の夢を思い出す。
どれほどゴミを集めて、物に囲まれても老人の孤独は埋められなかったのね。ゴミと一緒に積もった孤独に耐えられなくてあの老人は死んだ。
あたしが地獄の夢を見るようになったのは小学生の頃。母の葬儀を終えた日の夜からになる。
人が食われる夢を毎日見るなんて。頭のネジはあの日に外れてしまったようだった。
朝食を終えるとプレートを片付けて使った食器類を洗う。その後、制服に着替えて、髪を整える。鞄に課題のノートと筆記用具、財布を入れる。
準備が整ってテレビの電源を消す。音がなくなった代わりに雨音の静寂が室内を支配する。月曜の朝の憂鬱はより一層強まって、重たい玄関ドアを開けた。
マンション8階の高さをエレベーターで一気に下がる。
あの部屋は一人暮らしの為に父が用意した。若いころから生活力を身につけさせるという子の成長の為じゃない。父があたしに会わないためだ。またあたしも父とは関わりをもないようにしていた。お互いの連絡先も知らない程に。
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