二六 池袋駅・メトロポリタン口
真藤朱理は池袋駅の改札口で鬼多見悠輝と御堂刹那を待っていた。スマホを見ると午後七時を過ぎている。空腹は感じるが、何かを食べられる心境ではない。
彼女が居るのはメトロポリタン
朱理はスマホを見つめていた。
おじいさんにも連絡した方がいいかな……
叔父には連絡しなくていいと言われている。紫織に気付かれて余計な心配をかけたくないということだが、叔父のことだから祖父の力を借りるのが嫌なのだろう。
そんなこといっている場合じゃないのに……
いや、そんな事を言っている場合なのかも知れない。叔父の言う通り、母が求道会で大人しくしているとは思えないし、すぐに彼等も持て余すだろう。
でも、お父さんと社長が……
二人のことが心配だ。求道会は遙香との約束をちゃんと守るのだろうか。
もし、約束を破ったら……
間違いなく母は烈火のごとく怒り狂う。しかし、相手は祖父の実弟の仏眼とその息子の海、そして二人に勝るとも劣らない
お母さんでも、あの三人が相手じゃ……
三人の験力、いや求道会では法力と呼ぶのか、
でも、向こうも無事じゃすまない……
母の性格を考えても大人しくやられるとは思えない、それは求道会も解っているはずだ。その証拠に、空は遙香の朱理と刹那に手を出すなという要求に従った。我が身可愛さに従った可能性もあるが、彼女はそんな人間には思えない。
狂信者、か……
良くも悪くも求道会に身も心も捧げているのだろう。
「ハァ……」
思わず溜息が出た。
その時、違和感のようなものを朱理は感じた。原因は何かと視線を走らせる。
人がいない……
もともとメトロポリタン口は地下構内と比べ人が少ない。だが、誰も居ないというのも変だ。朱理は改札を抜けてルミネに向かおうとしたが、そちらから見覚えのある黄色のスーツの男女がやってくる。
慌てて方向転換するが山手線の階段からも求道会の異能力者が上がってきた。
はさみうち……
敵に追い詰められた時は即断が大切だと叔父が言っていた。判断を誤る可能性も高いが、グズグズ悩んでいると
朱理はホームの階段側に突進した。幸いにも求道会が『人払い』をしてくれている。
「
突き出した掌から
彼等が
ここには人がいる!
ホームにはいつも通り人が
もう少し……
階段を降りきった瞬間、肩を
「オン・シュッチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ
オン・シュッチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ
オン・シュッチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ……」
わらわらと求道会の異能者が
ウッ……
遮断とまではいかないが験力に触れにくくなり、呼吸までしにくくなった。正式な調伏法ではなく真言を繰り返し唱えているだけだが、求道会の異能者八人が相手だ。一人ひとりは自分より
しかし、ここは池袋駅のホームだ。朱理は苦しさを
「キャー! だれか助けてぇえぇえええええッ!」
朱理の大声に思わず求道会も真言を一瞬止めた。
「お願いッ、警察を呼んでぇえぇえええええッ!」
朱理の居る山手線東京方面行きのホームはもちろん、両隣のホームに立つ人々までこちらに注目する。人払いの呪が施された結界の中で発生した音は、結果外の人間には認識されない。しかし、験力を込めた声なら別だ。結界を打ち破る力があれば、その外側にも届けることが出来る。そして一度意識を向けさせた人間には、人払いの呪は無効になるのだ。
群衆の中から「あれ、御堂永遠じゃないか? 何かの撮影?」という声が上がった。それにスマホをこちらに向けている者が何人も居る。
「助けてッ、警察を呼んで!
御堂永遠の名前を口にしながらスマホを向ける人が増え、電話を掛けている人も見えた。
信者たちは完全に真言を唱えるのを止め、お互い顔を見合わせた、自分たちの置かれた状況を理解したのだ。
黄色のスーツを着た異様な集団が、未成年の声優を拉致しようとしている。そんな動画や画像が既にSNSで拡散されているはずだ。しかも朱理が『求道会』と叫んだので、その名前も動画や画像と共に広がり、もう取り返しがつかなくなっているだろう。
遂に駅員がこちらに向かって駆けて来た、恐らく警察も
「助けてくださいッ!」
ダメ押しで必死の形相を作り朱理は叫んだ。
とうとう異能者たちは朱理を置いて階段を駆け上がって逃げた。
「大丈夫ですか?」
駅員が心配そうに朱理の顔を覗き込む。遠巻きにアニメファンと思われる人たちもスマホを構えながら見ている。
スキャンダルになるかも知れないが朱理に落ち度はない。仕事が無くなる覚悟はしているが、
わたし、自分の力だけで乗り切ったんだ……
いつも誰かに助けてもらっていた。今回も群衆に助けてもらってはいるが、今までとは違う。これだけ多くの人間が居れば求道会も手出しの仕様が無い。それを判った上で自分が利用したのだ。池袋はアニメファンが多い街だ、だから御堂永遠に気付く人たちが居ると確信していた。その人たちが永遠と求道会の事をSNSで拡散してくれれば、話題となり大手メディアが取り上げてくれるかも知れない。そうなれば求道会という怪しい集団を監視するのは、報道記者やパパラッチだけではなく一般市民も加わる。政府の背後で暗躍してきた彼等は表に引きずり出されれば、今までのように好き勝手は出来ない。
「永遠ぁ~」
聞き慣れた声に顔を上げると、求道会と入れ替わりに刹那が階段を駆け下りて来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます