二三 池袋・公園 弐

 朱理は遙香と共に池袋駅に向かっていた。ところが駅が眼の前の人通りが多い場所で、スーツ姿の男性二人に行く手を遮られた。


「ちょっと、邪魔なんだけど」


 キツイ口調で遙香が言った。


「失礼、こういう者ですが」


 片方の男性が警察手帳を見せる。朱理は背筋が冷たくなった。色々と厄介事に巻き込まれ、叔父と警察に追われた経験もあるが、直接警察手帳を見せられたのは初めてだ。


「どいて」


 朱理は験力のうねりを感じた。次の瞬間、刑事は素直に道を開ける。


「空、隠れてないで出てきたら?」


 凜とした響く声で母が言う。周囲に人が行き交っているにも関わらず、誰も視線を向けない。恐らくある種の人払いの結界を張り、遙香と朱理、それに自分たちを認知させないようにしたのだろう。


 建物の影から弓削空と信者たちがゾロゾロと出てきた。この信者たちも大した事はないが異能者だ。


  二、三、四……六人もいる。


 空を含めて七人。二人に対しては多い人数だが、遙香の験力に対抗するには少なすぎる。


「言ったわよね? 『二度とあたしたちの前に現われるな』、それに『家族や職場に手を出したら、ただじゃおかない』って」


 淡々とした口調で遙香が言った。


「そう言われたからといって、我々も大人しく引くわけにはいかない」


 空の顔は完全に引きっている。


 遙香はかすかに笑みを浮かべた。


「じゃあ、あたしにケンカを売ったってことでいいわね」


 遙香の身体から強大な験力が湧き上がる。


「私たちを殺せばブレーブ社長もお前の夫も帰って来ない!」


「安心して、力尽くで助け出すから。警視庁長官でも総理大臣でもあやつってね」


「忘れたか? こちらにはお前と同等の異能ちからを持つ、仏眼と朋美、それに海がいる。取り戻されても再び逮捕すればいい。

 たとえ無実の罪でも、何度も経営者が逮捕されている企業がどうなるか考えろ!」


 従姉の言葉に遙香は口元をゆがめ、験力が一気にしぼんだ。


「大したもんだわ、さすが求道会の参謀というところかしら?」


 彼女は溜息を吐いた。


「いいわ、協力してあげる。ただし、すぐに英明と社長を解放して。それにあたしの娘と親戚、周りの人たちにも一切手出しをしないこと。悠輝と爺ちゃんは好きにしていいわ。できるなら、だけど」


 母がニヤリと微笑む。


「お母さん!」


 自分たちを助けるために母が犠牲になろうとしている。


「だいじょーぶ、心配いらないから」


「でも!」


「だめだ、娘も連れて行く……」


 勝手な条件に異を唱えようとした空が話し終える前に、先程とは比較にならないおびただしい験力が遙香の身体から一気に放たれる。大地はおののき、アスファルトにひびが入り、行き交う人々は振動で歩くことができずに、悲鳴を上げてその場にうずくまった。


 求道会の異能者たちも立っていられずひざまずき、空だけが何とか堪えている。


「この条件が妥協の限界よ。断るならこのケンカ、高値で買ってあげるわ。たとえ勝てなくても、今の勢力は二度と持てないようにしてやる」


 遙香と空は、しばし黙ったまま睨み合う。しかし、遂に空は力尽きたかのように視線を落とした。


「……わかった、お前だけで構わない」


 遙香は満足げに微笑んだ。


「理解してくれて嬉しいわ。朱理、あんたは叔父さんたちと合流しなさい」

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