二二 プロダクションブレーブ

 刹那は早紀の言葉を聞いて頭が真っ白になった。


「え? どういうこと? 全員契約解除って……」


 好恵が逮捕されるまでは覚悟が出来ていたが、それにより彼女が出した指示は、所属しているタレントだけではなくマネージャーなどの社員も含めた契約の解除だった。


「本人が拒否しない限り別会社に所属してもらいます」


 刹那と鬼多見は新宿にあるプロダクションブレーブの会議室で、早紀から現状を聞かされていた。


「所属替えって……いきなり受け入れてくれるところなんてあるわけ……」


「あります、私の会社です」


「え?」 


 頭の中が真っ白を通り過ぎ、無色透明になりそうだ。


「どういうこと?」


 早紀が申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい。あなたには話していなかったけど、永遠と遙香先輩を所属させるに当たって社長と対策を考えていたの、今回みたいな状況に備えて」


「タレントと社員を守るために保険をかけていた、ってことか」


 今まで沈黙していた鬼多見が口を開いた。


「でも、それだけじゃないよね? サキねぇちゃん」


 深刻な表情をしていた早紀が少しだけ微笑んだ。


「え? まだナンかあるの?」


 話に全くついていけない。


「それはサキねぇちゃんが考えたの? それとも社長が?」


「当然、社長です」


 刹那を無視して二人は話しを進める。それが無性に腹立たしかった。


「だからナニッ?」


 遂に刹那は我慢ならなくなり大きな声を出した。


 二人は驚いたような顔をした。


「ごめんなさい、刹那」


 早紀は謝ってくれたが、鬼多見は呆れたように溜息を吐いた。


「わからないのか? おまえの叔母さんが考えたことだぞ」


「おじさんだって、永遠のこと何でも知ってるわけじゃないでしょッ?」


 鬼多見はもう一度、小さく溜息を吐いた。


「遙香はブレーブに大きな借りを作ったんだ」


「別に師匠が悪いわけじゃないでしょッ?」


 遙香はむしろ被害者だ。


「御堂がどう思っているかは関係ない、遙香がどう感じるかだよ。あいつは人一倍労働意欲はないけど、責任感はそれなりにある。違うか?」


 辛抱強い口調で鬼多見が話す。


「そう……だけど……」


「あいつは戌亥寺で、本当は仕事をどうしたいって言っていた?」


「え? どうって……

 後はあたしに任せて、仕事を辞めるって……あ!」


 ようやく刹那にも好恵の考えが理解できた。あの叔母がただで転ぶわけがないのだ。


「師匠を辞めづらくするために、こんなことをッ?」


「ピンチはチャンスだから」


 そう言って早紀は今度はしっかりと苦笑する。


「もちろん、タレントと社員を守るのが最優先です。でも、あなたと永遠が壷内に襲われた事件で、この業界にも異能力を使う者がいることがわかりました。彼らに対抗する意味でも先輩は必要です」


 対抗するどころではない、遙香が居ればブレーブは間違いなく最強だ。下手に手出しをした相手には破滅が待っている。


「あなたたちの安全を守り、落としたくないオーディションを確実にモノにできる存在。そんな人材を社長が手放すと思いますか?」


 刹那は完全に納得した。


「ハイリスク・ハイリターンってわけね……」


「ハイリターンは事実ですが、そこまでハイリスクだとは思いません。問題が起ってもきっと解決してくれます。

 そうでしょう、悠輝くん?」


 早紀が視線を鬼多見に向けると、彼はやれやれと言いたげに微笑んだ。


「ああ、何とかする。と言うか、しないわけには行かない」


 満足げな顔を早紀はした。


「ホントに何とかしてよね」


 刹那は何となくいらついて、思わずキツイ口調になる。


「わかってる」


 真顔で鬼多見が応えたので、今度はドギマギしてしまう。


「た、たのんだわよ……」


 顔が火照る。それに気付いた早紀がクスリと笑う。


「そういった事情で、すでに私の芸能プロダクションを立ち上げる準備はできています。場所も社長と話し合って、この事務所を共同で使用することにしてあるので移動の手間もありません」


 用意周到に準備していたのだ。


「ただし、あなたと永遠、そして遙香先輩は別です。あなたたちは継続してブレーブ所属になります」


「そうよね……」


 それは理解できる。そもそも元凶なのだから仕方がない。


「なんとか永遠は新事務所に所属させたかったんだけど……」


 申し訳なさそうに早紀は眉をひそめた。


「いいや、その判断は正しいよ。朱理がいると誰かが巻き込まれる可能性が高くなる」


 鬼多見は早紀をなぐさめるように言う。それはいいのだが、納得できないのは……


「早紀おねえちゃん、あたしを新事務所に所属させようとは思わなかったの?」


「思うも何も、あなたは社長の後継者なんだから、今、ブレーブの代表はあなたなのよ」


「ハァッ?」


 当然と言わんばかりの言葉に刹那は呆気にとられた。


「なんであたしが? 師匠もいるんだからこの場合、師匠がやるのが筋でしょ」


「あなたはブレーブの跡取りでしょ」


「それって、先の話じゃない! 今は師匠のほうが偉いし……」


「何を言っているの? 先輩は一般社員だけど、あなたは管理職でしょ」


「か、管理職って……当たり前みたいに言わないで! だいたいいつから……」


「マネージャーを始めたときに。あなたは声優部門の部長です」


「あたし、聞いてないッ。名刺にも書いてないし!」


「名刺に書いてないのは、マネージャーになりたてで研修みたいな状態だからです。それに契約書には、ちゃんと書いてありました」


「契約を変更するから署名しろって言われた、細かい字がビッシリ書かれてたヤツ?」


「そう」


「あんなのいちいち読むわけないじゃない!」


「目を通しておきなさいって言ったわよね?」


「でも、フツーは読まないでしょ?」


「普通は読みます、給与に関する事や待遇とか大事なことが書かれているんだから」


「うぅ~やられた……」


 頭痛がしてきた、まさかいきなり自分がブレーブの社長代理にされるなんて。まぁ、社員はほとんど居なくなってしまったが。


「念のため言っておくと、あなたのもちかぶは全体の一〇パーセントだから」


 更に早紀が意味不明のことを言う。


「モチカブ?」


「プロダクションブレーブは株式会社です。私も五パーセント持っているわ」


 知りたいのはそんな事ではない。


「いや、ウチが株式なのは知っているけど、あたしは株なんて買ってない!」


「ええ、知ってるわ」


「『知ってる』、じゃないでしょッ、なんで買っていないのに持ってンのよッ?」


「それは先代社長、つまりあなたの叔父さんの所持していた株の一部を、好恵社長があなたの名義に変えたから」


 またしれっと早紀が重大なことを言う。


「それって違法じゃないッ?」


「まぁ、ブレーブは家族経営みたいなものですし、それにいずれあなたが引き継ぐんですからいいでしょう」


「いいわけないでしょ……」


 刹那は就職に失敗して困っているところをを叔母に拾われたと思っていた。でも、叔父が亡くなったのは刹那が中学生の頃だ。そんなに前から好恵は姪を跡継ぎにすると決めていたのだろうか、完全に外堀を埋められている。それでも叔母が自分を我が子のように愛している事は改めて理解した。


「で、今、あたしは何をすればいいの?」


 文句を言っても始まらない、社長代理としてやるべき事をやろう。


「悠輝くんと遙香先輩に協力して、社長を取り戻してください。他のことは私たちがやります」


「うん、わかった」


 刹那は力強く頷いた。正直、自分が役に立てるかもわからないが頑張ろう。今はザッキーもいるのだ。


「それじゃ、いったん朱理たちと合流……」


 悠輝が言いかけたところで彼のスマートフォンに着信があった。


「朱理、どうした……」


 良くないことが起こっているのを悠輝の表情が告げていた。

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