一九 稲本団地 弐

 遙香からの連絡があると満留は直ぐさま式神たちに意識を向けた。呪術や異能が使われれば自動的に反応し対処する仕掛けになっているが、相手が警察ならこちらから命じなければ何もしない。


 仕込んでおいた式神はどちらもひようのような姿をしている。かつて満留は式神に魔物を利用した事があったがこの二体は違う。魔物を利用したりすれば遙香と法眼の機嫌を損ねるのは間違いない。


 彼女は式神の眼を通して二つの会社の前に停まっている不審なクルマ-と言っても相手は警察だが-を発見した。彼女が仕込んでいた式神は異能を持つものでなければ認知できないようにしゆを掛けてある。英明たちを連行するならもっと大勢の警察官が来るはずだ。警察が建物に踏込もうとしたところを式神で妨害すればいい。


 そう思った矢先、息が詰まるような感覚が満留を襲った。


  やはり求道会も監視していたか……


 相手も呪術師が妨害することを予想していたのだろう、両方の式神に呪力がからみ付き締上げている。一人ではない複数の呪術者による攻撃だ。しかもNEXT ADVENTURE側とブレーブ側どちらも三、四人は居る。流石に独りで両方の相手は出来ない。


 満留は NEXT ADVENTURE の式神に意識を集中することに決めた。こちらの方に段違いで異能力の強い相手が一人居る。好恵の方は呪術者の数は多いが満留独りでも充分対処可能だ。遙香もこの場合、好恵を守れと命じるだろう。だが満留はリスクを犯しても英明を助けることを選んだ。それが主の本心だと確信しているからだ。


 遙香の望みを叶えること、それが今の満留のきがなのだ。彼女に忠誠を誓うのはその強大な異能力ちからおそれているからだけではない、満留の心を縛り付けていた壷内親子から全てを奪い、かんきまで打ちのめしたからだ。もちろん、満留のためにやったことではないが、それでも構わない。遙香が自分を解き放ってくれたのだ。


 満留は式神に送られる呪力をさかのぼった。恐らく近くに居る、式神を発動させてからほとんど時間を空けずに攻撃してきた。監視カメラや霊視ではこんなに素早い対応は出来ない。


 案の定、満留はNEXT ADVENTURE が入っているビルの近くで呪術者達を見つけた。おんぎようじゆを使い周囲の人間に感知されないようしていたのだ。


 そこに居たのは三人の呪術者だ。その中の一人の異能力が段違いに高い、満留はその男に心当たりがあった。


  彼がまさとし……


 弓削朋美の息子であり空の伴侶でもある雅俊が戌亥寺に現われなかったと遙香は言っていた。そして彼女は雅俊が英明や好恵に手出しをする可能性が高いと予測していたのだ。


 満留は雑魚は無視して雅俊にターゲットを絞り、式神に攻撃をさせた。既にブレーブ側の式神は消滅させた。二兎を追う者は一兎をも得ず、それで遙香の機嫌を損ねるなら喜んで罰を受けよう。


 豹のような姿をした式神が跳躍し雅俊めがけて飛びかかった。


 残りの二人が彼を守ろうと毘沙門天真言を唱えながら立ちはだかる。


「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ」


 呪力で式神を押さえ付けようとするが満留はものともせず、豹の前脚の鋭い爪で二人を一閃する。


 悲鳴と共に二人の信者が倒れ、豹の牙を突き立てようとした。


「破!」


 雅俊が法力を式神に向け放つ。


 それをまともに豹は喰らってしまい数メートル後ろへ吹き飛んだ。


「ぐぅッ」


 満留は息を詰まらせた、式神へのダメージは彼女に伝わるのだ。


 式神の攻撃でダメージを受けたため二人の呪術者の隠形呪が解けた。そのため血だらけの人間を突然周囲が気付きざわめきだす。


 雅俊が両手で印を結び、真言を唱え始める。


「オン・シュッチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ!」


 心臓をえぐり取られるような痛みが胸を貫く。雅俊が唱えたのはだいとくみようおう真言、この明王は『大威徳法』というおんてき調ちようぶくほうの本尊だ。この呪法は戦勝祈願として行われるだけでなく、時にはじゆさつにも使用される。もちろん真言を一度唱えただけで呪法にはならないが、法力の強い者が使えばそれなりの効果がある。


「がッ」


 満留は血を吐いた。


  遙香様……私に力を……


きゆうきゆうによりつりよう!」


 全身全霊の力を式神に送ると、豹の大きさが一回り大きくなり咆哮をあげながら雅俊に襲い掛かる。


 大威徳明王真言に大量の法力を注ぎ込んでしまったのだろう、雅俊の回避行動が一瞬遅れた。


 式神の前脚の爪が右腕を切り裂き、牙を首筋に突き立てる。


 だが、それまでだった、式神は消滅してしまった。満留の霊力が尽きたのだ。

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