一七 NEXT ADVENTURE

 池袋のサンシャインビルから少し離れたビル街の一角に、しんどうひであきが経営するアプリ開発会社『NEXT ADVENTURE』はあった。


「社長、気付いてますか? 朝から前の通りに黒いタントが停まっています」


 窓を見下ろしながら、ながまさるが言った。


ちゆうか?」


「違いますね、さっき駐車監視員が近づいて来たら車を移動させて、また戻ってきました」


 英明の希望的な予測を須永は直ぐさま否定した。


「そうか……」


 どうやらまた厄介事が起こるらしい。遙香と結婚をしたときからこうなることは覚悟していたが、想像以上だ。とは言え、今更放り出すことはできないし、自分はやるべき事をやるだけだ。


「少し様子を見るが、また雲隠れしなきゃならないかも知れない」


「解りました。後は任せてください」


 須永は創業時からのメンバーで非常に優秀だ。彼に任せておけば何も心配ない。


「もし、他の社員もターゲットにされるようなら……」


「大丈夫です、何よりも社員たちの安全を最優先します」


 一昨年起ったアークソサエティの事件の時も随分迷惑をかけたのに、須永は眉一つ動かさない。


 あの時は遙香が狙撃され、紫織が拉致されるという大惨事で、我が身のことより妻と娘のことが心配でならず、直ぐさま福島へ向かおうとした。だが、それを止めてくれたのも須永だ。


 彼の判断は正しかった。あの時、英明が福島に行っても何もできず、下手をすれば足手まといどころか家族の生命いのちを危険にさらしたかもしれない。


「ありがとう、頼りにしているよ」


「礼には及びません、それが私の務めです」


 娘たちが験力に目覚めてから英明の生活は一変した。彼一人を残し家族は修行のため義父の寺へ行き、一昨年の事件の後は朱理は何がどうなったのか声優になり、あれだけ労働を嫌っていた妻がマネージャーをしている。経営はらんばんじようでも家庭は平穏な日々が続いていたのに、今はどちらも何が起るか判らない。


「社長、何だか楽しそうですよ」


 相変わらずのポーカーフェイスだが、少し呆れた声で須永が指摘した。


  たしかに、僕は楽しんでいるのかもしれない。


 思わず苦笑する、平穏な人生を望んでいるなら起業などしなかったはずだ。社員たちには悪いが、自分は心のどこかでこんな冒険の日々に憧れていたのかもしれない。そもそも社名も『NEXT ADVENTURE次の冒険』だ。


「君だってそうだろ?」


 無表情な男だが考えていることは長い付き合いで理解している。須永の能力は非常時でこそ発揮されるのだ。


「否定はしません。私の手腕を遠慮なく発揮できる機会は、そうそうありませんから」


 この頼もしい部下がいれば会社のことは何も心配はないだろう。

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