一五 戌亥寺・境内 弐

 全身に衝撃が走るが、彼にとっては慣れたものだ。視力が回復するのを待って、辺りを見回す。


 流石さすがに仏眼と朋美は立っているが、それでも驚いたように山門を見つめている。海は何とか立ち上がろうとき、空はもうろうとした状態で横たわっていた。他の求道会の異能者たちは全員倒れていて、生きているのか死んでいるのか判らない。黒焦げになっていないので生きている可能性は高いだろう。


 念のため背後も確認する。紫織たちは雷撃の被害を受けていない。


  ったく、おれも攻撃対象から外せよ……


 悠輝は立ち上がりながら改めて山門を見つめた。梵天丸のリードを握った法眼がゆうぜんと石段を上がってくる。


「久しいな、仏眼。友達を連れてくるなら、前もって連絡をしろ」


「法眼……」


 苦虫をみ潰したような顔をする。


「今のは一体……」


 彼の表情に法眼は満足げにニヤリと微笑んだ。


「あいつは雷を落とすのが得意だからな。お前らが俺の孫に手を出そうとするから、怒りを買ったのだ」


 山門に朱理と刹那を従えた遙香が姿を現した。あの白い光は遙香が起こした雷撃だ。悠輝は早朝に法眼とけんをして、眠りを妨げられて怒った彼女から何度も喰らっている。


 遙香は不機嫌な顔で仏眼と朋美に視線を向け、


「あんたたちに用はないわ、消えて。そして二度とあたしたちに関わらないで」


と、吐き捨てるように言った。


「ほう、ここまで強力な法力を持っているとは……」


 朋美が感心したように言う。


「お婆ちゃん、聞こえなかった? あたしは、帰れ、って言ったのよ」


 遙香はわざとゆっくり大きな声で言った。朋美の表情が険しくなる。


「口の利き方に気を付けよ」


「そっちこそ気を付けなさいよ、あたしの機嫌を損ねると恐いわよ」


 しばし遙香と朋美は睨み合った。いや、睨み合っているのはこの二人だけではない、法眼と仏眼も先程から無言で睨み合っている。


 そこでやっと気付いた、海も自分を睨んでいた。悠輝は睨み返さず、鼻で笑って服についた汚れを払う。傷の手当ては敢えてしない、痛がっていると思われたくないからだ。


「にらめっこしてても始まらない、大人しく立ち去るか、今日を求道会最後の日にするか選べ」


「貴様……」


 海が怒りを露わにし身構えた。


「爺さん、コイツの相手をしてやれ、おれは仏眼をやる」


 完全に海を無視する。


「従兄弟同士、お前が相手をしろ」


「どうせやるなら頭を潰す。だが、婆さんを殴るのは趣味じゃないから、やるならあんたと似た顔をしている奴のほうがいい。こっちは殴りなれている」


「殴られ慣れている、だ。言葉は正しく使え」


「正しいだろ。今朝、おれに何発殴られた?」


「一発も殴られておらんわッ。お前こそ、俺に何十発なくられた?」


もうろくしたな。おれは少なくても五、六発は殴っている。それに喰らったのはせいぜい二、三発だ」


「数も数えられんのか、二、三〇発はなぐっておるわ」


「おじさんもお祖父さんもやめて!」


 思わず朱理が仲裁に入る。


「そうよ、さっきからお婆ちゃんの相手をダレがするか言ってないけど、あたし、やらないからね」


 遙香がとんでもないことを言いだし、朱理と刹那が愕然がくぜんとする。


「女同士なんだから姉貴がやれよ」


「イヤよッ、面倒だもん!」


「さすが師匠、ビックリするほど労働意欲がない……」


 刹那が呆れて呟く。


「わかった。じゃあ、おれが仏眼と海をやる。爺さんは婆さんをやれ」


「冗談を言うな、女性を傷付けるような真似ができるかッ。それより、爺さん、婆さんと夫婦みたいに呼ぶな!」


「別に呼び方なんてどうだっていいじゃないッ。それより、あたしは爺ちゃんに何度も殴られたし、眼を見えなくされたり、耳を聞こえなくされたりしたけど?」


 さらに遙香が別の話を持ち出し、朱理は頭を抱えている。刹那はあきらめたように彼女の背中を叩いた。


「それはしつけと修業だッ」


「なに寝言いってんのッ? あれは立派な虐待よ!」


「いい加減、我らを無視するのをやめよ!」


 ぞくげんを続ける鬼多見家に痺れを切らし朋美が声を荒げた。


「うるさいわねッ、他人が口出ししないで!」


「待つのが嫌なら、今すぐ立ち去れ」


 遙香と法眼が一括する。悠輝は遙香が割り込んできた辺りから周りの状況を確認していた。空は意識がハッキリしたようだがまだ立ち上がれず、戦力にはならないだろう。紫織と政宗の姿は玄関から消えている。明人が二人を庫裏の奥へ連れて行ったのだ、できれば朱理と刹那にも離れて欲しかったが、伏兵が潜んでいる可能性がある。むしろ自分たちのそばに居たほうが安全かもしれない。そして求道会の霊能者部隊は何人か意識を取り戻したが戦える状態ではなかった。むしろじっとしていて欲しい、悠輝たちの戦いに巻き込まれたら生きてはいられないだろう。


「いいでしょう、今日のところは帰ります」


 やっと立ち上がった空が言う。


「何故、お前が決めるッ?」


 生意気なことを言うなとばかりに仏眼が娘を睨み付ける。


「我々の目的は彼等と争うことではないはずです。会長代理、違いますか?」


 今度は朋美に視線を向ける。彼女もまた苦虫を噛み潰したような顔で嫁を見つめた。


貴女あなたの言う通りです」


 だが、口から出たのは意外にも空を肯定する言葉だった。更に仏眼が表情を険しくし、今度は朋美を睨む。


  やはり仲良く一緒に来たってわけじゃなさそうだな。


 仲間割れをしているのは自分たちだけではないようだ。


「彼の余りにも礼を欠いた態度に、少し我を失ってしまいました」


 矛先を悠輝に向ける。


「なんだと……」


 悠輝は朋美に向かって進み出ようとしたが、それを法眼が腕で制した。


「息子の非礼については父である俺の責任だ、申し訳ない」


 この言葉に反発しようとしたが、遙香が首を左右に振るのが視界に入り思い止まる。


「だが、俺の考えもいつと同じだ。求道会のすることに協力するつもりはない」


 そう言って視線を朋美から空、そして仏眼に移す。予想通りの答えだったのだろう彼等は表情を変えない。


「それは残念です。ですが、わたくし達も簡単にはあきらめません」


「では、法眼兄貴、近いうちに」


 これ見よがしに頭を下げ、仏眼は倒れている信者たちに歩み寄る。


「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」


 薬師如来真言を唱えると、まだ気を失っていた信者達が次々に意識を取り戻していく。


「もう二度とあたしたちの前に現われないで」


 遙香が冷たい声で言った。


「家族や職場に手を出したら、ただじゃおかないから」


 そこまで言うと空の顔が強ばった。


「いずれ、また」


 彼女はそそくさと山門を後にし、それに動けるようになった信者達が続き、朋美、そして仏眼も出ていった。最後まで残っていた海が悠輝に近づき、


「貴様とはいずれ決着をつける」


 とささやいて去った。


 悠輝は庫裏の玄関を見つめた。


「クソッ、また修理しなきゃならない!」


 引き戸が完全に破壊されている、取合えず片付けなければ。


「おじさん、それよりケガの手当てをしたら?」


 朱理に言われ、ガラスで切った傷をそのままにしていたのを思い出した。

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