一五 戌亥寺・境内 壱

 悠輝が庫裏の玄関を開けると、山門からゾロゾロとスーツを着た異様な一団が入って来るのが見えた。


 特にスーツの色が普通ではない。紫のスーツを着た老人と老女を前後で挟むようにもえのスーツを着た男と女、さらにその周りを黄色のスーツの男女十数名が囲んでいる。


 悠輝はこの配色にピンときた。恐らく真言宗で袈裟の色が示す階級に合わせているのだ。紫はそうじよう、萌黄はそう、そして黄色はりつを表す。そしてこの集団全員が異能者だ。紫の大柄な老人が誰かはひとで判った、えきぶつげん。顔が法眼に似ている。同じ色のスーツを着ている不遜な顔をした老女がともだ。二人の前を歩く浅黄の女性は遙香に少し似ているから仏眼の娘、そらだろう。仏眼と朋美の後ろを歩く男は間違いなく彼の息子のかいだ。


  ほぼ全員集合だな……


 悠輝は内心舌を巻いた、流石にこの面子で来るとは想定外だ。しかもすでに相手は仕掛けてきている。仏眼、朋美、そして海の三人の異能力が彼に向けられている。ダメージを与えようというのではない、彼の頭の中を覗こうとしているのだ。無論、悠輝は読ませるつもりはないので思考に防壁をめぐらせた。


  仏眼、朋美、それに海も法眼クラスの異能ちからを持っている、空はおれと同等か。


 つまり本気を出されたら悠輝の防壁など一溜りも無いと言うことだ。それに想定外がもう一つある、海のほうりきの強さだ。ここまでとは思っていなかった。仏眼と朋美が法眼と同等であることは一喜と法眼の話から予想していた。しかし海は、せいぜい自分と同じか少し強いぐらいだろうと高をくくっていたのだ。


  空と雑魚どもは問題なくたおせるが、他の三人は一人でも手こずるな……


 悠輝は相手の法力を拒みつつ頭をフル回転させた。法眼不在時に来たのは偶然か、それとも狙ったのか? あるいは既に法眼に会っているのか? 法眼と会っていたなら遙香たちと別れる前か後か?


 少なくても法眼と遙香が一緒なら彼等が全員無事でここまで辿たどり着けるはずがない。つまり最低でも遙香と朱理、そして刹那は無事と言うことだ。では法眼一人だった場合はどうだろう。やはり全員無事というのは有り得ない、少なくとも仏眼ぐらいはどうにかしたはずだ。


  実際、仲違いしたとき戦って勝ったらしいからな。


 法眼の話によると、彼の父であるえきにんこうが岳玄寺の跡継ぎを長男の慧眼にすると決めたとき、仏眼が猛反発したらしい。法力が兄弟で一番強い自分こそが跡取りに相応しいというのだ。しかし仁孝は寺を継ぐのに法力は必要ないと取り合わなかった。


 それでも仏眼があきらめないので、法眼が兄の代わりに彼と法力勝負をすることになったのだ。結果、勝ったのは仏眼より法力が劣る法眼だった。


 その後、仏眼は岳玄寺を出て仁孝は隠居し、慧眼が後を継いだ。


  爺さんに負けたときより仏眼は強くなったのか……


 多勢に無勢だ、法眼が負けた可能性もゼロではない。それでも主要メンバーが無傷というのは有り得ないだろう。無論、法眼が逃げたというのはそれ以上に考えられない。


  と言うことは、やはり偶然か。


 ならば賢明な判断としては、時間を稼ぎ法眼の帰りを待つことだ。


「私達は『求道会』の者です。あなたは鬼多見悠輝さんですね?」


 悠輝の三メートルほど手前で立ち止まり、空が尋ねた。


「そういうあんたは弓削空だろ。で、そっちの爺さんが佐伯仏眼で、婆さんが弓削朋美。後ろにいるのが佐伯海だ。残りは『ゆかいな仲間たち』か」


 彼女たちを取り巻く異能の護衛を見渡す。


「お父様はご在宅ですか?」


 悠輝の皮肉と無礼な態度を無視して空は会話を続けた。


「生憎おれには父親なんていない、帰ってくれ」


「居ないという事は無かろう」


 仏眼が低い声を出し、悠輝をにらみ付ける。声も法眼に似ていたが、父以上に威圧感がある。


「本人がいないって言っているんだから間違いないさ、だからあんたとも他人だ」


 口元に不敵な笑みを浮かべて睨み返す。


 今の自分の態度が間違っていることは解っていた。ここは相手を刺激せず、やり過ごすのが一番だ。だが、口と身体が勝手に動いてしまう。いくら理性で抑えようとしても、法眼の帰りを待つことは彼のプライドが許さないのだ。例え絶望的な戦いでも、法眼の助けを借りるよりはマシだという思いが悠輝を突き動かしている。


「わかったならサッサと帰ってくれ」


 仏眼の顔が一層険しくなる。その様を横目で見て朋美はあざけりの笑みを浮かべた。


「息子でこの状況では、父親を抱き込むにはもっとなんしそうですね、副会長?」


 一緒に戌亥寺くんだりまで出向いて来たものの、派閥の対立は深刻のようだ。何とかそれを利用して切り抜けたいが、いい作戦が全く思い浮かばない。どちらにしろ彼等は紫織と朱理の異能ちからを利用するために何をするか判らない連中だ、放って置いてくれないならたおすしかない。


  腹をくくるしかないか……


 相手は精神支配に長けた連中だが、その手のやからには慣れている。だがこの戦力差だ、今日が命日となるだろう。何故か昨夜見た、月光の中に佇む刹那の姿が頭をよぎる。


 悠輝は意識を集中した。自分がすべきことは二つ、紫織たちを安全に逃がすことと戦力を少しでも削ることだ。雑魚は無視していい、どうせ遙香と法眼にかかれば何人いようが雑魚は雑魚だ、道端の小石ぐらいの障害にしかならない。確実に仕留めるなら空だが、最期に安全パイ狙いはつまらない。どうせやるなら頭だ。とは言え仏眼は既に法眼に破れているし、例えボスでも老婆を殴るのは抵抗がある。


  ジジイは殴りなれているしな……


「そいつにはしつけが必要です。副会長、私に任せてください」


 海が前に進み出て、仏眼と眼を合わせた。父が満足げに頷くと今度は視線を朋美に向ける。


「いいですね、会長代理?」


「好きになさい」


 眼を合わせようともせず、どうでも良いと言いたげだ。


 海は満足げな笑みを浮かべながら、空と入れ替わり前へ出てきた。


  仏眼を潰しておきたいのにしゃしゃり出てきやがって。


「貴様に口の利き方を教えてやる」


 海から法力が湧き上がり、求道会は彼が戦いやすいように後ろへ下がる。


「三〇過ぎてもヒヨコみたいに父親の後を付いてまわっているヤツに、教えてもらうことなんて何も無い。

 それよりいいのか? せっかく『求道会御一行様』で来たのに、カッコつけてフルボッコじゃ立場を失うぞ」


 悠輝の言葉を海は鼻でわらった。


他人ひとのことより自分の心配をしろ」


「安心してくれ、おれは『カルト潰しの幽鬼』だ。

 例えおまえらが日本最大のカルト集団だろうが、政府と繋がっていようが、おれの家族と仲間に手を出そうとするなら、必ず潰す」


「潰されるのはお前だ」


 海が放つ念動力が襲い掛かる。とつに悠輝も念動で対抗する。二人の間で眼には視えない力がぶつかり合い拮抗した。


「こんなものか? 貴様の得意分野で戦ってやっているんだ、もう少しがんれ」


 海は余裕の表情だ。


「じゃあ遠慮なく!」


 悠輝は更に験力をぐりせて念動を強め、海の力を押し返す。


「破!」


 れつぱくの気合いと共に海の法力が跳ね上がり悠輝の念動を圧倒した。


「ぐわッ」


 悠輝は吹き飛ばされ、庫裏の引き戸を突き破る。


「おぢちゃん!」


 奥の部屋から紫織と政宗、それを追いかけて明人が飛び出してくる。


「来るな!」


 ガラスで身体のあちこちを切りながら悠輝は立ち上がった。


 その鬼気迫る姿に紫織たちは思わず立ち止まる。


「おぢちゃん……」


 立ち止まった紫織の両肩を明人が抱いて後ろへ下がる。


「こいつらは、おれの相手だ」


 悠輝は海を睨み付けながら玄関を出た。


「いいのか? せっかく姪っ子が助けようとしているのに、カッコつけてフルボッコじゃ叔父の立場を失うぞ」


 海が悠輝の口調を真似してからかう。


「うるせぇ!」


 悠輝は験力を身体からだに満たし、しんたいのうりよくを上げて殴りかかった。だが、拳が海の顔面に届く直前、いきなり真上から押し潰されるような力を受け、地べたに伏した。


「グッ」


 海が念動力で押し潰そうとしている。何とか跳ね返そうと意識を集中するが異能力の差は明白だ。


「おぢちゃん!」


 背後から紫織の心配そうな声が聞こえる。「来るなッ」と叫びたいが、歯を食いしばって耐えているので不明瞭なうめき声になってしまった。明人が抑えてくれるのを信じよう。


 悠輝は押し潰そうとする力をこらえつつ、右手の人差し指に験力を集め始めた。チャンスは一度きりだ。海はもちろん、仏眼たちにも気付かれないようにしなければ。


 一撃で海をたおせば仏眼はもちろん朋美も動揺するはずだ。その隙に紫織に憑依し、彼女の験力を使って明人と政宗を連れてここから脱出する。自分の肉体は置いていく、つまり悠輝の人生はそれまでだが、紫織達を法眼と合流させれば、取敢とりあえず彼女たちは安全だ。


「大した実力もないのに、大口を叩いてその様か。

 どうだ、私の足をめて、我らに忠誠を誓えばゆるしてやる」


「その『我ら』というのは『求道会』のことで良いな?」


 勝ち誇って言う海に朋美が水を差した。


「もちろんです」


 いんぎんれいに海は応える。


 悠輝は何とか身体からだを動かし、海の足下に近づく。


「ユウ兄ちゃん……」


 信じられない従兄いとこの行動に明人は失望をにじませた声を漏らす。


 海の念動に耐えながらなので時間がかかってしまった。


 悠輝は顔を海の靴に寄せ……そして逃げられないように彼の足首を左手で掴んだ。


 ギョッとして思わず覗き込む海の顔に、右手の人差し指に貯めた念動力を弾丸にして撃ち出す。


 海の念動に阻まれ威力は弱まるが、それでも極限に圧縮した念動力は彼の頭蓋骨を撃ち抜いて脳を破壊するには充分なはずだった。


「うあッ」


 そう叫んで海は身体を仰け反らせた。その動きで悠輝の左手から彼の足も逃げてしまう。それと同時に身体が軽くなり、悠輝は素早く立ち上がる。


 だが海はその動きを予測して後ろへ飛び退く。


 この時点で悠輝は自分の作戦が失敗に終わったことを理解した。


 念動力の弾丸は海の左蟀谷こめかみかすめただけだ。彼は傷口をてのひらで押さえながら悠輝を睨み付けた。


「貴様……」


「一撃であの世に送るつもりだったんだがな」


 口が勝手に相手を挑発する。


「殺す……」


 歯を喰いしばったままうめくように言うと、海は殴りかかってきた。


「臨むところだ! 裂気……」


 悠輝も負けじと応戦しようとしたその瞬間、轟音と共に辺り一面真っ白になった。

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